ピストル音は空白で


体育祭当日、職員室では、体育祭におけての注意事項について再確認していた。全国各地から迎えたヒーローたちは外で待機している。敵連合に向けての警戒故だが、これだけ数が揃えば何も起きない気もするが。念には念を重ねている。

「ーーと、こちらからは以上ですね」

最後のミッドナイトが、競技上の諸注意を読み上げ、一通りの確認は済んだ。

「さて、他に何か言いたい人はいるかい?」

校長が溌剌と言う。各々、無いとサインを送り、校長が最後のまとめを言った。

「じゃあ、今年も生徒のために、いい体育祭にできるよう、みんな頑張って!ーーあと、これは杞憂で終わるといいんだけど、生徒で個性不明の子が一人いるよね?」

不吉な前置きをして、一人の生徒を挙げる。"個性不明"と聞いて、1年を受け持っていない先生たちは、そんなやつがいるのかと声を上げた。

「その子の個性が、結構危ないタイプっぽいんだ。もし、発生するとしたらまず無意識だろうからね。4歳の発生時と同じことが今起きるとすると、被害が出るかもしれない。他の個性とは違って、予測されているものは極めて珍しいものだから、本人の身も危ないかもしれない。なので、1年生の担当の先生たちは、気を付けて見守っていてほしいのさ!」
「その予測されている個性って、どういうものなんですか?」

相澤は校長に報告した張本人なので知っているが、ミッドナイトやプレゼント・マイクは知らない。

「ーー"オリジン"。個性そのものだ」






「みょうじさんの個性が、それだって言うんですか…?」
「ああ。考えられるとしたら、これしかないんだ」
「その本知ってるけど…もともとこれって、フィクションしか書かれてないんだよね?」

ーーその頃、A組の控え室では、飯田がみんなに自分の調べたことを発表していた。飯田も時同じくして、なまえの個性に気づいたのである。自分だけなら気の迷いで終わらせることもできたのだが、確信させたのは爆豪がやった演習場の爆破である。コスチュームを着けて汗を溜め、爆弾のようにしていたならまだしも、爆豪のような人が無意識で一歩間違えれば甚大な被害をもたらしたような、大爆破を起こすわけがないのだ。その近くになまえがいたと聞き、そして常闇の黒影がなまえを「王」と称したのも重なって、確信することができたのである。

「そうだ。この本は発売してからすぐに、中止になっている。もし、これを知られてはならないと、誰かが止めたものだったら、どうする?」
「止めて何の意味があるんだよ」
「……"オリジン。他人の個性を、感情によって操ることができる個性"……。これが本当にあったとしたら、敵に狙われるぞ」

轟が読み進めていく。

「"笑えば個性を増幅させ、泣けば個性を軽減させる。だが、怒りのときにどうなるかはわからない。私の考えは2パターンある。1つは他人の個性を暴走させることだ。暴走とは、力を増幅させるのではない。その個性の持ち主を、個性に襲わせるものである。炎の個性の持ち主が居たならば、その持ち主の体を業火が襲いかかるだろう"……」

ぞくりと、体に悪寒が走ったのは、特に上鳴や轟である。爆豪も居たらそうなるだろうが、彼はまだ来ていない。他の者はその暴走になっても、自分の体がどうなるかがイマイチイメージが掴めないのである。

「"2つ目は、オリジンの持ち主が、すべての個性を無意識に暴発させることである。オリジンというだけあって、ほとんどの個性を使えることも、可能性は少なくない。この場合、周囲の人間には害はないが、オリジンの持ち主は大量の個性により、体が傷つくことは避けられないだろう。そして最後に、"」

そこで轟がぴたりと読むのをやめた。

みんなは怪訝な顔をするが、飯田は全て読んだため、轟が何故止めたのかを察せられる。飯田は轟や上鳴と違って、恋愛対象として見てはいなかったが、友人として気に入ってはいたので少しショックな記述だったのだ。そしてそれは、他の者にもそうなるだろう。

"そして最後に、オリジンの個性の持ち主は、周囲の人間から好かれることも多いだろう。それは周囲の人間の本当の気持ちではなく、その人の個性が、持ち主を求めているから起きる感情なのだ。その持ち主に恐怖を抱く者もいれば、それと同じ理由だろう。その人の個性が持ち主に恐怖を示しているのだ。"

なまえと出会ったのはつい最近で、それなのにどうしてこうも彼女を気にかけるのか。それは、彼女の個性に、自分の個性が惹かれているだけであって、本当にそう思っているわけではないと。そう、筆者は言っているのだ。

「……そんなわけねえ」
「そ、そうだよ!こんなのどうせ、デタラメじゃん!」
「飯田!体育祭の当日にこんなん持ってくんじゃねえよ!」
「…俺も迷ったさ。だけど、体育祭は全国放送だろう?もし、今日個性が発生したら…」
「……敵が見ている可能性も、あるってことか」

耳郎がそう言ったのに、飯田は黙って同意する。

「…そ、そんなんやべぇじゃん!敵に狙われるって!」
「だから!発生したそのときは、みんなで守ろうと言うために、今日言ったんだ」
「……それはいい考えですわ、飯田さん。私たち、これが終わったら遊びにいこうって約束をしているんですの。ねえ、上鳴さん?」
「あ、ああ!いいだろ!」
「えー!なにそれ羨ましい!!」
「敵に狙われて、外出できなくなったりでもしたら迷惑ですわ。何としてでも、守らなくてはなりませんね」

八百万がにっと、笑って言うと、他のみんなも「おう!!」と決意を固くした。自分達のアピールもしつつ、なまえの守護も努める。ヒーローたるもの、それぐらいできなくてどうするのか。まあ、なまえの場合は、あの爆破の個性の持ち主が守るだろうが。






「………うん、わかった。でも、一応授業だから、そうそう出れないと思う……はい、ごめんなさい……」

ピッと電話を切る。電話の相手は母親だった。頑張りなさいの一言もなく、出れないと言えば、ため息をつかれて諌められる。もう何を言っても修復できなさそうな親子仲に、壁づたいに座り込みながら、溜め息を吐いた。

「……行かなきゃ」

それぞれの体育祭が、今、始まる。
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