できれば杞憂で終わってくれよ



…どうしてこんなところにいるんだろう。

帰り道に爆豪くんに連れられて、学校の演習場にやってきた。体育祭に踏まえて、みんなここで特訓をしているらしい。爆豪くんは連れてきたくせに、私を無視して黙々と練習している。私はというと、勿論することもなく、隅の方で本を読んでいた。一応生徒が無茶をしないように、監督の先生がいるらしく、今日はA組の担任の相澤先生だった。少し目が怖くて合わせることもできなかった。

「……君、練習しないなら帰りなさい」

相澤先生は私のところまでやってきて、そう言った。いえ、私も帰りたいのは山々なんですがね?爆破の人が帰してくれないんですよ。そうも言えず、「あ…えっと、わ、私も練習します!」と言ってしまったあと、やってしまった…と熱烈に後悔した。何を練習するんだよ…バカ…!

爆豪くんに助けを求めるために視線を送ると、口パクで「バカ」と言われた。知ってる…!!だから、助けて…!!

「個性は?」
「……や、わかんないです…」
「え?」
「生まれて一度も…わかんなくて…」
「無個性ってこと?」
「いや、無個性ではないらしいんですけど、何故か発生してなくてですね…」
「君の話し方は合理性に欠けるね」
「はあ…。……合理性?」

相澤先生にたどたどしく説明したが、結局溜め息をつかれて終わった。合理性ってなんだよぉ…!

「先生、こいつ俺のツレ」
「爆豪。何もさせないなら帰らせろ。何もしないでこんなところにいても時間の無駄だろ」
「……何もしてねえわけじゃねえよ」

確かに本は読んでたけど…。爆豪くんは私の手を引っ張って、自分の元いたところに連れてきた。そして一番軽いダンベルを渡して、これで筋力を鍛えているふりでもしてろと言う。そこまでして、私を残したいのだろうか。ていうか、これ、すごく重い…!「ふぬぬ…」と声を漏らしながらトレーニングをしていると、あまりの滑稽ぶりに周りの子たちが笑っていた。それを爆豪くんが睨み付けて、押し黙らせる。

「イチャつきたいなら他所でやれよ」

ぼそぼそとそんな声も聞こえ、イチャついて見えるなら眼科に行くことをおすすめしたいと思った。言った子は同じクラスの足立さんだった。足立さんもここ使ってるんだ…。彼女はあれから、何もしてこなかった。最初の口調は猫かぶりだったのか、最近、乱暴な男言葉が目立つ。あのとき、机がひしゃげていたのは、足立さんの個性だからと心操くんから聞いた。足立帆真(あだちはんま)さん、個性はその名前の通り、ハンマー。握りこぶしを作るとハンマーになるらしい。

そんなすごい個性を持っていながら、何故私に突っかかるのかはわかっていない。

「…聞くなよ」
「え?」
「お前はそこで俺だけ見てろ」

私の方を見ずに、爆破音を鳴らせて言う。気にしてなんかいなかったけど、とても頼もしくって、さすが爆豪くんだと思った。

「……ありがとう」

そう言って笑ったとき、いきなり聞いたことのないようなすごい轟音が聞こえ、突如強い爆風が吹いた。相澤先生が伏せろ!!と叫んで、周りの子も床に伏せて身を庇った。顔を上げれば、爆豪くんも唖然とした顔で自分の手のひらを見ている。今の爆発は、爆豪くんの個性によるものらしかった。

「何してる、爆豪!」
「…わっかんねえよ!なんだこれ…」

爆豪くんも初めてのことらしく、本当にびっくりしていた。幸い怪我はなかったが、演習場の壁が負傷したので、生徒はすぐに帰らされた。帰る際も爆豪くんはずっと自分の手のひらを見ていた。自分の新た可能性を感じて。







「すごい爆発音だったね。私のところまで聞こえたよ」
「…………校長、あの博士覚えてます?」
「ああ、あの本かい?あるかも知れない個性図鑑、のことだね」

校長室で、相澤と校長が話をしている。話題は先程の爆豪のことだ。体育祭もまもないというのに、まさか演習場が使えなくなるとは。しかも、本人も無意識で、あそこまでの爆破となると…。教師としては放っておけない。

「もし、"あれ"が存在するとしたら、どうします」
「……まさか。生徒の中にいるのかい?」
「"あれ"が本当に個性の発生条件とすると…可能性は十分にあります」
「本当にそんなものがあるとしたら、メディアの前にはまず出せないし、口ぶりから察するにヒーロー科でもないんだろ?その生徒は。死柄木弔たちの耳に入ったら……」
「………」

相澤はある1つの推論に達していた。そして、奇しくもそれは、彼の受け持つクラスの生徒も同じくだった。学校の図書館で、1人本を読んで考え込む少年ーー飯田天哉は、自分の推論に恐れを抱いていた。

「もしこれが本当だったら…」

彼らの言う一冊の本は、かつて一世を風靡した、後に狂人と呼ばれたある博士による個性についての書記である。
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