夢なら希望を見せてよ

「なまえ、ヒーロー科合格おめでとう!」
「ありがとう!お母さん、お父さん!私、頑張るね!」

どぼん、と水に落ちた。えらく冷たい水の中で、仰向けになりながら底に落ちていく。海面は光できらきらと輝いていて、そこには有り得もしない夢があった。多分、いや絶対にこれは夢なんだろうなって思った。どうせ夢を見させてくれるなら、こんなテレビを見ているような感覚ではなく当事者にさせてほしい。

情景は変わり、学校生活が流れた。A組に入っていって、梅雨ちゃんやお茶子ちゃんにおはようと挨拶をする。

「今日はオールマイト先生の授業があるわね」
「よーし、頑張ろー!」
「おー!」

コスチュームに着替えて、みんなでわいわいと話す風景。自分で妄想しきれないのか、オールマイトが出てくる前に波が来て、その情景は掻き消された。ごぼりと口から水泡が出る。涙の代わりのようだった。

「ーー爆豪くん!」

夕方の帰り道、こんなに笑って彼の名前なんて呼んだことがない。爆豪くんの背を追いかけて、楽しそうに笑って並ぶ。こんな風に並んだら、現実世界ならば蹴られるか殴られるか。でも水面の彼は興味なさげに前を向いているだけだった。

水面の私の手が彼の腕に絡まって、まるで恋人のように腕に頬を押し付けた。爆豪くんは「暑い」とは言うが、振り払おうとはしない。

夢は願望の現れと言う。確かに個性がわかっていたら私はヒーローになりたかっただろうし、めちゃくちゃがんばってヒーロー科に入ろうとしただろうし、もっと性格も明るくて友達も居ただろう。でも、この爆豪くんとの関係は本当に願っているのかは不明だ。あんなことをされて、今更恋愛感情に発展することはない。多分、自分の中でいくら夢とはいえども、彼と友人になることは想像できなかったのだろう。

「大好き」
「…うるせー」

深く深く体が沈んでいって、その情景もやがて見えなくなっていった。明るかった青色は深い藍色へと変わっていく。それは私の心を表しているのだろうか。

"個性"

個性って、一体、何者なのだろうか。それが今、私の体を、酷く蝕んでいる。

「個性があるって言うんなら…出てきてくれればいいのに…」

手のひらを見ても、何もわかりゃしなかった。もっと変身系の個性ならよかったのに。心操くんみたいに洗脳とかわかりやすい個性でよかったのに。

ううん、むしろ

「個性なんて要らないのに…」

個性の優劣で相手を見るような人になるくらいなら、私は個性なんて要らない。でも、欲しい。だってあったら、お母さんとお父さんが喧嘩なんてしないのに。

こんな夢を見る原因は、多分両親の不仲だろう。今日は一際すごかった。物が割れる音、叩く音、怒声。聞こえないように早めに眠りに落ちた。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

私はどうなってもいいから。どんな辱しめを受けたっていいから。どうか、どうか神様。愛し合って結婚した二人を、こんな私なんかで引き裂かないで。





ぱちりと目が覚めて、つつ…と涙がこぼれ落ちた。今日もまた学校がある。爆豪くんもいる。昨日少し喧嘩した心操くんもいる。気まずくなってしまった梅雨ちゃんやお茶子ちゃんのようなA組の人達もいる。でも家には家で、お母さんがいる。

支えがほしい。

「……甘えんな、ばか」

そう自分に戒めを与えて、制服に着替えた。それにしても、あの夢の中で一番腑に落ちないのは、あたかも付き合っているかのような爆豪くんと私だ。

私が爆豪くんのことが好きだなんて、絶対に、ないのに。

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