好意と嫌悪は付き合っている

「みょうじさんって意外にやるよねー」

くすくす、と嫌な笑いが教室に木霊した。足立さんだった。多分昨日の爆豪くんのことを言っているんだろうけど、そんなこと彼の耳に入ったら、きっと彼女は爆破されて粉々にされてしまうだろう。ああ、恐ろしや……。これから始まるだろう女子の陰険ないじめより、何よりも、爆豪くんがすごく怖い。

「………言われてるけど、いーの?」
「?」

横からふと声がして、そっちを向くと、ダルそうな顔をした男子が私の方を向いていた。えーと、えーと、多分、確か………。わかんない。覚えてない。

「心操だよ」
「……ご、ごめん、心操くんか……。いいんだよ。女の子はああいう話が大好きなの」
「そういうもんなの。女子って恐いね」
「うん、恐い」

でも私がそれよりもっと恐いのは、ポケットの中でずっと受信し続ける携帯が恐い。もっと詳しく言えばそれを送信し続ける相手が恐い。校内で携帯なんて触れるわけないじゃん。既読ついちゃったら見たってことになって、無視したってことでもっとぼこぼこにされちゃうかもしれないし。でも見なかったら見なかったでひどい目に遭うし…。

「顔色悪いけど大丈夫?」
「ちょっと不安で…」
「震えてるけど」
「………」

死ぬかもしれない。このバイブ音は確実に電話だ。震えている間隔でわかる。これを取らなきゃキスより酷いことされるかもしれない。

ぞっとして席を勢いよく立つと、心操くんが少しびっくりしていた。

「もうチャイム鳴るけど」
「い、命に関わることだから…!」

ばたばたと教室の外に出ていく。幸い、教室に来るのが遅い先生だったから、廊下で出会うこともなく、無事にトイレにたどり着いた。ここなら見つかることがない。

「…も、もし」
『てめぇ何でさっさと出ねえんだよ!!!!』
「ひっ」

授業が始まって静まり返った廊下に、響くじゃないかと思うほどの声量だった。爆豪くんは一体どこから掛けているんだろう。ヒーロー科の授業ってこんなことできる暇あるのかな…。あるわけないよね。サボるような人じゃないんだけどな、爆豪くん………意外と。

『今日、帰り俺のクラスに来い』
「えっ!何で、」
『あ゛!?』
「いえ………何でも、ない…です、」
『だよな。お前に口答えする権利は一切ねえ!』

知ってたけど、横暴さに更に磨きがかかってる気がする。

『爆豪、何話してんだよ』
『うっせー!!クソ髪野郎!』

知らない男子の声がした。やっぱり授業中なんだ……すごいな、爆豪くん。

『…おい』
「な、なんですか…」
『子犬らしくご主人様に可愛くエールしてみろよ』
「……子犬って」

ちょっと引いた。いや、言わないけど。言ったら確実に爆破される…。ただでさえ爆豪くんは恐いし何でも出来るのにこれって、チート過ぎりゃしないか。

エール……エールって、どうやって…。ぐるぐるぐるぐる考えていると、爆豪くんが早くしろと急かしてきた。急に言われてもそんなの思い浮かばないし、どっちにしろダメ出しされるに決まっている。

「………か、」
『あ?』

その沸点の低さどうにかなんないのか。

「勝己くん、頑張って……」
『……』

沈黙しか返ってこない。やばい、死んだ。死因は爆死。「本日未明、女子生徒が男子生徒の個性により爆死しました」みたいなアナウンサーの声が頭の中に浮かんできた。

怒鳴られる、と身構えたが、一向に怒声は飛んでこない。緑谷くんの『かっちゃん、どうしたの?』という声が聞こえるほどに、ノーリアクションだった。怒鳴られるのも嫌だけど、無反応はもっと堪える。

「爆豪くん?」
『………てめーみたいな底辺が軽々しく俺の名前言ってんじゃねーよ調子ノんなこの後覚えとけよ!!!!』

ブツッと勢いよく切られた。ノンブレスで、すごいなあ…とも思ったし、放課後を考えるとめちゃくちゃ怖かった。やだなあ、昨日みたいにキスとかされたらどうしよう…。爆豪くんは性格を除けばかっこいいし、そんな人とできるのは嬉しいけど…、性格と今までやってこられたことがすごく邪魔して一周回って嫌悪感しかない。それでも断れないなんて…あーあ。

結局、こんな私に接してくれる人なんて、爆豪くんしかいないんだな…。

back