轟炎司



燃え盛る火の海。瓦礫が足を潰し、動くこともままならなかった。次第に黒煙に意識を飲まれる。もうすぐ近づいてくる赤い炎を見ながら、なまえは家族のことを思い出していた。

轟炎司にとって自身の子供というのは、自分の願望を叶えるのに、一番近そうな末の焦凍だけだった。物心ついたころから、自分の代わりにオールマイトの対抗馬となるよう英才教育を受けさせてきたが、それと父親に対する敬愛とは比例しなかった。他の子供もそうである。上二人とは連絡が取れないため不明だが、連絡が取れないということはそうなのだろう。三番目の長女・冬美は、年を重ねるにつれ自然な態度になってきた。

母親に対して強く当たり、願望にそぐわない個性だとわかれば素っ気ない父親をどうして好きになれようか。それでも、炎司のところには毎年、父の日のプレゼントが贈られるのだ。轟家次女・なまえによって。

「焦凍!どう?お父さんに似合いそうなネクタイでしょう!」
「……姉さんも飽きねえな。あんなクズに贈る必用ねえだろう」

るんるんと弟に、今年のプレゼントが載っているホームページを見せるが、反応は至って冷たい。例年通りである。炎の個性を持つ父に合うよう、今年は燃え盛る炎を描いたネクタイだった。きっと喜んでくれると、楽しげにしている姉に、焦凍は言えない。自分の願望に、最も遠いなまえからのプレゼントを、使わずに捨てていることを。

「お父さん、喜んでくれるといいなあ。あ、焦凍の誕生日も楽しみにしててね!もう良さそうなの見つけてるんだー」
「あぁ、楽しみにしとく」

どうしたら父が、こっちを見てくれるようになるんだろう。小さいときからずっと考えていた。他の兄弟よりもできない自分を見てくれることなど、この先きっと1度もない。焦凍はオールマイトが好きなようだが、同じ番組を見ていても、なまえはエンデヴァーの方が好きだった。エンデヴァーのグッズをねだったとき、母に微妙な顔をされたのも覚えてるし、他の兄弟にも信じられないといった目を向けられたのも覚えている。なまえは家族が好きだった。いつか家族全員で食卓を囲むのが夢だった。でも、それには1番自分が遠いのがわかっていた。なまえが4歳になって“無個性“だとわかったその年、母が最も辛く当たられた年。焦凍とは1つ違いなのが幸いだった。

「あんな奴に渡す必要なんかねえのに。姉さんも、物好きな奴だな」
「それお兄ちゃんたちにも言われたよ。捨てられるっていうのは、わかってるんだけど…」

焦凍がなまえの方を見た。知っていたのか、と目をしばたたかせて。その目線に気がつき、困ったように笑った。

「だって、渡したときしか見てくれないんだもん」

小学校に入って道徳の時間に、父の日、母の日に手紙を書きましょうと言われ、素直に書いた手紙を手渡したとき、炎司は普通に受け取ってくれた。黙ってだが、受け取ってくれたことが、何よりも嬉しかった。数日は机に置いてあったが、いつしか無くなっていた。あの手紙はどこに行ったのだろう。

そのプレゼントを買いにきたところ、事件に巻き込まれてこの状態である。インターネットで買えばよかったと後悔したが、自分で手にとって買うからこそ意味がある。今年こそは付けてもらいたかったそのネクタイも、ビルが崩れてから、どこかへ行ってしまった。きっと、この火に包まれてしまっているだろう。自分もやがてはそうなるのか。

母の日にペンダントを渡したとき、母は嬉しそうに受け取ってくれた。 それを付けて、母とどこかに行きたかったなあと思う。そこには兄も姉も弟もいて、そして、父もいるのだ。それができたら他に何もいらない。

「ーーなまえ!」

業火の中から父の顔が見えたとき、なまえは夢だと思った。まさか、自分の名前を呼びながら、助けに来てくれるなんて毛ほどにも思っていなかったからだ。炎司は、瓦礫を軽々と退かし、なまえを抱き起こした。

「馬鹿な娘め」

眉を寄せ、そう言い放つと、なまえを背負った。辛い仕打ちである。だけど、“娘“と言われたことが嬉しかった。当然の事実ではあるが、本人の口から聞けるのとは訳が違う。おぶってくれることなど、今まで1度もない。父の温もりを感じながら、なまえは目を閉じた。

「お前は弱いんだから、ずっと家に居ればいいんだ」

そう呟けど、なまえの耳には入っていない。どうやら、何度素っ気なく受け取ろうとも、何度捨てられているところを見ようとも、翌年には笑顔で渡してくるなまえに、少しずつ心を溶かされていっているらしい。