今宵踊るは悪しき獣 | ナノ

今、何か音がした



それはいつも通り仕事をしていたある日のこと。

いつも通り出社して、いつも通りコーヒーを飲み、いつも通りクライアントとやりとりをして。その日は先方の都合上10時アポだったため、13時にはヒアリングが終わって会社への帰路を辿っていた。
議事録を記した液晶端末を見ながら駅へ向かう途中、大きな爆発音が響いた。驚いて端末から顔を上げると、爆発があったのは高速道路らしい。大きな黒煙が立ち上り、火事のように見える。事故か、敵か……何にしろすごく大きい。びっくりした。
車でも大破したのか、パラパラとカケラが落ちてきた。これでガラスでも落ちてきようものなら私は怪我をしているところだ。危ない。ちょうど爆発のあった道路の下あたりにいたため早く離れようと上を見ながら踵を返すと、爆発の第二波が起きた。ガソリンに引火したのか、先ほどより大きな爆発によってこちらに何か落ちてくるのが見えた。危な!早く……ん?


随分と大きそうな……アレは……なんだ?


陽の光の眩しさに目を薄めながらも凝視する。質量のありそうなソレは、見れば見るほど、人のようなものにしか見えなくて、一瞬で頭がパニックになった。
周りを見渡すが、平日の昼間。下道を走る車以外、誰もいない 。
急いで落下位置を確認し、両手を上に掲げる。
心臓が早鐘を打ち、掲げた手が震える。なんでヒーローいないんだ!こういうのが仕事でしょ!

うまくいくだろうか。いかなかったらあの人は死ぬし、おそらく下敷きになって私もお陀仏。そんな冴えない死に方したくない。お願い、がんばれ私。
祈るような気持ちで徐々に近づく落下物を見る。タイミングは……今だ!

意識を集中させ、頭上に大きな、できるだけ分厚い膜を張る。白濁とした丸い膜が広がり、落ちてきた人は膜に沈んだ。次に柔らかいトランポリンのように跳ね、ドサッと落ちる。

せ、せい、成功した……?
ただ立って"個性"を発動しただけだが、やろうとしていたことが成功した安堵感に、足がガクガクと震えだす。
初めて人命救助した……こんなこと後にも先にもこれきりだろう。
そこでさっきの人のことを思い出し、パッと見渡すと私の後ろに落ちていた。
そしてサーッと血の気が引く。

腕が、ない。
左は肩の下から、右は肘の先から大量の血を流し、目を閉じている男性が倒れていた。
その事実に一瞬気が遠くなり体がフラつく。
どうしよう、私がうまくキャッチできなかったから?いや流石に腕が吹き飛ぶなんてないだろう。そしたら上の事故で腕が無くなってしまったのだろうか。
チラッと目を遣った時に傷口を見てしまい、吐き気が込み上げてくる。
もう流石に亡くなっているだろう。不運な事故に巻き込まれて、本当に可哀想だ。ご遺体に手を合わせた。

パニックになったままの頭で、救急車って何番だっけ、とスマホを取り出すと、「ゥ……ッ」と呻き声が聞こえた。

「いッ……生きてますか!?大丈夫ですか!?」

「……、ハァ……!ッ……」

返事はないが、苦しそうな表情に、まだ息があることを確認。ちょっと安心した。
すぐに両手を伸ばし、傷口を覆うように構える。先程と同じように"個性"を発動し、両腕に膜を貼り付けた。私が怪我した時によくやる止血方法だ。

「大丈夫ですか!?気を強く持って!今救急車に電話を……」

「ッやめろ……!」

「っえ」

一刻を争う状況に手を震わせながら再びスマホを取り出そうとすると、強い眼光とともに静止された。

「い、意識取り戻……えっていうかやめろって、死んじゃいますよ!?」

「ッ……今からいう、番号にかけろ……」

そう言って矢継ぎ早に番号を言われ、急いでタップする。発信ボタンを押して耳に当てると2コール目で「はぁーい」と温厚そうな男性の声が耳に入ってきた。事情を説明すると、「この番号知ってるのは特別なお客様だからね。迎え行ってあげる、住所どこよ?」と返ってきた。大体の場所を言うと、「黒のワゴンが来るまで見つからないようにね」と切られる。特別なお客様……電話先は病院だよね?ちゃんとした病院だよね?なんで救急車はだめで今の電話先の人はよかったんだろうか。

改めて目の前の男性を見てみると、相当ひどい有様だ。素人芸の応急処置で血は止まっているが、息があるのが不思議過ぎる。

「あ、あの、すぐ来てくれるそうなので……気を失わないように」

「黙れ……傷に響くんだよ……ッ」

「えっす、すみません……」

ここで気を失ってしまうと本格的にやばそうだったので声をかけると、うるさいと怒られてしまった。こんな大怪我してる人に怒られるとは思わなかった。割と大丈夫……なのか……?
鋭い眼光が放っておけと伝えてくるので、とりあえず会社への電話をかける。一応付き添いが必要かもしれないし、何より私の精神的にこの後いつも通りに仕事できる気がしない。
上司に体調が悪い旨を伝えて電話を切ると、前の通りを車が通る。上の高速道路からは救急車のサイレンが響く。先ほどの医者らしき人からは見つからないように、と言われていたので、木陰にずらすくらいはした方が良さそうかも……
そう思って、怪我人に対して申し訳ないが、引きずって移動しようと男性の服を掴む。

「ッ触るな!!」

「はい!?」

さっき話しかけた数倍の迫力で拒絶され、反射的に手を離す。親の仇のように私を睨みつける彼の顔には、蕁麻疹が広がっていた。
アレルギーかと思ったが、彼の反応からして私が服に触れたせいだと思われる。今まで生きていて人にこんなに拒絶されたこと、あるだろうか。
しかしこのまま置いておいて通行人に見つかった場合、第一容疑者に私の名前が上がるであろうことは必須。彼には悪いがもう一度服を掴み、引きずり始めた。

「触るなと……言っているだろ……!」

「か、隠れてもらわないと困ります……!」

「ックソ……触るなッ……汚い、だろうが……ッツ……」

「ひど……もう少しですから!」

道路から死角になる場所まで引っ張り、離す。彼は私を射殺さんばかりに睨んでいて、ゾワゾワと鳥肌が立った。殺気というんだろうか、彼の前にいたくなくて、道路が見える場所に移動した。黒のワゴン早く来てください。

それから10分ほど。男性の様子を見ながら黒のワゴンを探していると、それらしき車が近くに停車する。
様子を伺っていると、ひとりの男性が顔を出した。

「電話してくれた人だよね?お客さんは?」

「あ、いまあそこの木陰に……連れてきたいんですけど触られたくないみたいで……」

「なるほど、行こうか」

車から降りて一緒に怪我をした男性の元へ向かう。木陰に回り込んで「この人なんですけど、」と教えると車の人は「誰かと思ったらオーバーホールとは……随分タイムリーだと思ったよ」と言った。有名人、なんだろうか。だから救急車に乗りたくなかったのかな。

「嫌だろうけど持ち上げるよ?」

「触んな……歩ける」

仰向けの状態から苦しそうに立ち上がり、フラフラと歩き出した。両腕のない状態でよくやるものだと思わず感心してしまう。
車の人と怪我の人──オーバーホールと呼ばれていた──が車に乗り込むのを見て、私は乗るべきなのか躊躇していると「早く乗って」と急かされた。恐ろしいがオーバーホールさんの横に座らせてもらって車の扉を閉めると、すぐに車が発車した。

「予想以上の怪我でびっくりしたよオーバーホール。その止血は君が?」

「は、はい。私の"個性"です」

「運が良かったね。止血なしで放って置かれてたら出血多量で死んでたよ」

「チッ……」

随分な態度だ。よほどの大物なんだろう。
隣が怖すぎて縮こまっていると、車の人の質問が続く。

「彼が誰か知ってて助けたの?」

「いや……知らないですけど……有名人なんですか?」

「有名人ってほどじゃなかったけど……今はもう有名人かな?」

「?」

言ってることがよく分からず首を傾げる。
高速道路の事故に巻き込まれた被害者としてテレビに取り沙汰されるということ?でも救急車を嫌がってたし元々有名人なんじゃないの?
詮索しようとしたが、オーバーホールさんのイライラ具合がすごかったので押し黙った。
一体何者なんだろう。私は誰を助けてしまったんだろう。


────
──


「はい、とりあえず俺のできることは終わったよ。腕の再生は無理だけどね」

あの後車が到着したのは病院ではなくビルだった。
汚い外観とは裏腹に清潔な室内に、テナントでやってる小さな病院なのかな?と考える。オーバーホールさんは室内の奥に連れていかれ、私は待合室らしき場所で待機を命じられたので待っていた。
そして治療室に入って数時間。やっと2人が出てきた。

「せ、成功して良かったです……?」

「はは、まぁ君とオーバーホールは他人だからね、そんなもんか」

「はぁ。あの、歩いて大丈夫なんですか?」

「このくらい平気だ」

そう言い放つオーバーホールさんは、やはりしんどいのか待合室のソファに体を沈めた。
ところでなんで他人の私は連れてこられたんだろう、もう帰っていいのかなと考えていると、医者の人に手招きされる。

「はい」

「あのね、一応説明しておくと、オーバーホールは所謂ヤクザ者。俺は世間一般で言う闇医者ってやつなんだけど──」

「は!?え!?どういうこと……!?」

「だから、彼は指定敵団体。俺はそういう人たちをお客さんにしてる医者。オッケー?」

「ぜ、全然オッケーじゃ……」

「でね、やっぱりそれなりのお金貰わないとこの商売やってけないからさ。君にはこれをお願いしたくて」

そう言って手渡されたのは一枚の紙。領収書のようなそれには0の数が多すぎるように見えて目をこすった。もう一度見る。1、10、100……はい?

「え、こ、これを……」

「君が払うんだよ」

「は!?む、無理です無理無理!できません!や、ヤクザならあの人が払えば……!」

「それができるなら君に言ってないよ」

「な、なんでですか……」

「ニュース見れば分かるさ」

「なんかやらかした系ですね!?余計嫌です関わりたくない!」

「そう言われてもなぁ。じゃあどうしよっか。内臓でも売る?俺いい業者知ってるよ」

そう笑って言う闇医者さんの目は笑っていなくて、私の本能がここで払わなければ本当に売り飛ばされると告げていた。なんでこんな理不尽な目に合わなければいけないんだ。貯蓄は趣味のようなものなので払えないことはないが、私が何年も頑張って働いたお金をこんな……ぼったくりにとられるなんて。
命か、お金か……そんなの決まっている。涙がこみ上げてきたがグッと堪え、支払う意を伝える。

「じゃ、後で車出すから現金下ろしてきて。サービスでそのまま君の家送ってくから」

「いや……1人で帰れるので大丈夫です」

脱力したままそう伝えると、闇医者さんは「え?」と目を見開く。「彼を電車に乗せるの?」と続けられたので今度は私が「え?」と返す番だった。

「オーバーホール。連れて帰ってくれるんでしょ?」

「……は?いやいや何言ってるんですか。私他人だし……」

「でもうち入院とかやってないからさ。オーバーホールと敵対してるお客さんもいるし。困るよ」

「いや私の方が困るんですけど……どうしろって言うんですか。家に送って行ってあげればいいじゃないですか」

「あー死穢八斎會、派手にヒーローに畳まれたんだよ、さっき。結構な被害出してね」

「し、知らないし……誰か……組の人とか、いるでしょう」

「彼以外は捕まってるんじゃないかな。彼も輸送中に敵対してる奴ら襲われたみたいだからね」

「えっ……じゃああの高速道路での爆発って……事故じゃなくって?」

「うん、襲われたところだね」

「余計嫌なんですけど……!!」

捕まっても尚己の手で殺してやると思われる人なんでしょ?無理無理無理私の命が危ない!絶対に嫌だ!!
そう伝えるものの闇医者さんは「俺も困る」の一点張りで、とうとう、「連れて帰らないならバイヤーに連絡しちゃうよ」と脅された。何のバイヤーだよ。いや、やっぱり聞きたくない。

「はい、じゃあ話し合いは終わり!送ってくから住所教えて」

こんな人に教えたくはないが、たしかにオーバーホールさんを連れて帰る手段がないので止む無く教える。
ああ、何でこんなことになってしまったんだ。あの時、助けなければ──いやいやそういうことは思っちゃダメだ。かぶりを振って考えを払う。

再び車に乗せられ、発車する。途中、オーバーホールさんから「お前、何故まだいるんだ」と言われ、何もかもアンタのせいだよ!!と叫びたい気持ちをグッと堪えた。

「そんなこと言ったらだめだよオーバーホール。これから彼女のお世話になるんだから」

「……は?言ってる意味がわからない」

「だから、彼女の家に預かってもらうんだからって。行くとこないでしょ」

「ふざけるなよ。何で得体の知れない奴に世話にならなきゃいけないんだ」

「……私だって嫌だし」

2人のやりとりに思わず口を挟むと、オーバーホールさんからギロリと睨まれる。な、なんだよもう。私の方が嫌だよ……

「お前、何の"個性"だ」

「……粘膜を出せます。自由に動かせはしないですけど、好きなとこに貼りつけたりできます」

私がそう答えると、フンッと鼻で笑われる。どうせザコ"個性"とでも思ったんだろう。貴方その"個性"に救われたんですけどね……!

「オーバーホール。もう死穢八斎會は終わりだ。もし立て直すとしても、人が足りない。クロノスタシス達は捕まった。壊理ちゃんも保護されてるだろうね。どうせ銃弾も血清もとられたんだろ?俺も協力したってのに……」

「うるさいんだよ、黙っていろ。親父と俺がいれば八斎會は復活できる」

「……そうかい、悪いね」

そして静まり返る車内。内容のよくわからない話についていけなかったが、とりあえずオーバーホールさんの組はもう解体されているらしい。裏の事情には首を突っ込まないのが吉だろう。このまま存在を消していよう。


────
──


その後、銀行前で降ろしてもらって泣く泣くお金を渡し、家まで送り届けてもらった。去り際に「じゃあねみょうじさん」と言われ、教えてないのに何故……と思ったが、恐らく闇ルートのデータベースとかがあるんだろう。もしお金を払うことを拒否して逃走していたらと考えるとゾッとする。やっぱり命より大切なものなんてない。

彼をご近所に見られる訳にはいかない。闇医者の人から聞いたが、彼は輸送中に襲われ死んだことになっているだろう、とのことだった。そんな人を連れ込んでるなんて思われたら……考えたくもない。
マンションのエレベーターに素早く乗り、降りる時も辺りを警戒して降りる。そそくさと玄関まで移動して鍵を開け、オーバーホールさんに入るよう促した。

「いやだ」

「い、いやって……ご近所に見られたら通報されちゃいます」

「なら玄関で待っててやるから新品のスリッパ、服、生活用品を用意しろ。今すぐ。あぁ後、清潔なハンカチと、質のいいマスクも」

「は!?お、横暴すぎるでしょ……!」

「今通報されたらお前も同罪だろうな」

「っ……買ってきますので中入って待っててくださいね……!」

汚いものを見るような目で人の家を見てから渋々、本当に渋々といった感じで玄関に足を踏み入れてくれた。知らない人を家に上がらせるのは恐ろしいが、たしかに通報されたら私もたまったもんじゃない。ヒールだったが早く事を済ませたかったので、普段使わない自転車を走らせて駅前へ向かった。


────
──


息を上げながら我が家の扉を開ける。
玄関口にはやはりオーバーホールさんが立っていて、居なくなってくれてても良かったのに……と心の中でごちた。

「買ってきました色々……とりあえず家の中入ってもらっていいですか……」

「スリッパ出せ」

「いや先に家に……」

「土足でいいなら上がるが」

「……ちょっと待っててくださいね」

横暴すぎる!!潔癖か何かか?土足でいい訳ないでしょうが!
モヤモヤとフラストレーションが溜まっていくが、とりあえず先に新品のスリッパを渡した。ただでさえお金が無いのに更に出費が嵩んでいく。
漸く中に入ってくれたオーバーホールさんの後をついていく。
扉の前で立ち止まったので、どうしたのかと伺うとギロリと睨まれた。怯んだ私に「さっさと開けろ」と吐き捨てる。そうか、そうだ、この人腕が……横暴な態度にすっかり忘れていた。彼を預かるということはこういう事が色々あるのか、と少しげんなりしながら扉を開ける。
これでもう少し優しい人であれば私だって…………はぁ。

「……ごちゃついてるな」

「掃除はしてます……」

「レイアウトだ。無駄が多い」

「そんなこと言われても……」

開口一番にそれかい。本当に態度が悪いぞ。
気が滅入りながら彼をテーブルの椅子へ促すと睨まれた。今日で何度この鋭い瞳に射抜かれてるんだろう。

「マスクをつけたい」

「ええ……でも触られたくないんですよね?」

「当たり前だ。でも仕方ないだろ、マスク無しでここにいたら病気になりそうだ」

「……ほんっとに失礼な人ですね」

今のは流石にイラッとしたが、だからといってこの人に逆らえなくてマスクを取り出す。
できるだけ触れないように心掛けたが、それでもちょっと触れたりしちゃって、マスクを付け終わった後にはオーバーホールさんは蕁麻疹が広がっていた。加えて目つきもめちゃくちゃ悪くなっていた。

「チッ……!汚い……あぁクソ……!」

「我慢してくださいよそれくらい……」

「汚いもんは汚いんだよ、最悪だ、もう」

あんまりだ。こんな人を匿って生活していかなきゃいけないなんて。
横目で不機嫌そうな顔で目を瞑る彼を盗み見る。とりあえず明日からの彼の服など身の回りの準備をしなければならない。手始めに服のタグを切るか、とソファに腰を下ろした。


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