13*


 ぐ、と尻にジョンの睾丸が触れた。か細い呼吸で仮初の生命を繋ぐ恵は、二人の交わる場所を見下ろす。

「……よくできました。偉いな、ジョン」

 手を伸ばし、最奥を突いたまま俯いて動かない男の頭を撫でてやった。顔を上げたジョンは、ポロリと目尻から大粒の涙を落とす。
 恵の下腹へ着地したそれは、酷く熱かった。

「お前、また泣いてんのか」
「だって、あなたが、あなただったから」
「意味わかんねえよ。仕方ねえな……」

 ポロポロと雫を落とすジョンを見上げ、肘をついて上半身を起こす。濡れた目尻を指で拭ってやると、ジョンは幸せそうに手の平へ擦り寄ってきた。

「ああ……マスターだ」
「そうだよ」
「名前……教えてくださいよ」

 セックスの最中だというのに、穏やかな声色が恵を笑わせた。振動で中が締まったのか、ジョンの眉間にシワが寄る。恵はわかりやすい男の機微を可愛がりたくなって、手の平に寄せられた頬を親指で撫でてやった。

「動いてくれ。このままは、つらい」

ジョンは頷いて、いつまでも達せなさそうな動きで恵を揺さぶる。
 異物感と圧迫感はなくならないが、奥底から湧いてくるような僅かな快感があった。ジョンは挿入の苦しさで萎えた恵の性器に指を這わせ、律動に合わせて擦る。
 明確な気持ちよさに呻いた恵は枕へ頭を置き、シーツを鷲掴んだ。

「ジョ、ン……それ、あ、そこ……っ」
「ここ、ですよね?」
「ふ……っ」

 張り出した硬いそれで内壁を擦り上げられると、じっとしているのが苦しい。初めはじんわりと湧き起こっていただけの感覚が、徐々にはっきりと恵を興奮させた。

「は、はぁ……っジョン」
「はい、マスター」
「こっち、来い」

 額に汗を浮かばせて、ジョンは従順に恵へ覆いかぶさった。その間も穿つ動きを止めず、荒い息を吐く。
 恵は男の肩を抱き、息苦しそうに開いた唇をキスで塞いだ。限界はすぐだ。この行為をするのは初めてであるのに、身体がそう言っていた。

「いい……ジョン、イク……ッ」
「俺も、もう」
「ジョン、あッ」

 二人の間で震える屹立を、男の指先が捕まえて扱く。前と後ろを刺激されると射精感が競り上がって、恵はうわ言のように限界を告げた後、間もなく吐精した。続いて、ジョンも喉を鳴らして動きを止める。
 腹の奥で自分のものではない体温を感じながら、恵は濡れた下腹部を撫でた。

「……お前には、わかるか?」

 上がりきった息を整えるより先に、疑問が口を突いて出た。
 のっそりと頭を起こしたジョンはTシャツを脱ぎ、それで恵の腹と手を拭う。性器を抜いた後孔も丁寧に拭き終えると、漸く反応が返ってきた。

「何が、ですか」
「なんで、こんなに幸せなんだ……?」

 死んだ日に感じた絶望感は、一体どこへ消えたのだろう。不の感情を詰め合わせた鍵のない箱を常に持っていたはずなのに、ジョンの温もりに溶かされたのだろうか。あるいは吐き出した欲情に、知らず混ざっているのだろうか。
 抽象的な思考に耽る恵は、不意に手を取られた。大切そうに男の両手で包まれ、唇を押しつけられる。

「だったら、もう」

 湿った息が指の股をすり抜ける。
 ジョンはゆっくりと目を閉じ、祈りを捧げるように囁いた。

「置いていかないで」

 まるで引き絞られるかのように胸が痛む。
 切なくて、死した自分がまた、心臓が千切れて死んでしまうのではと半ば本気で思った。

「大切にするから」

 ジョンはもう泣いていなかったが、代わりに恵が静かに泣いた。一体どこにこれほどの量を溜めていたのかと驚くくらい、それは止めどなく肌を濡らし、枕を湿らせる。

「ああ。……わかってる」

 瞼を閉じると、深い闇に不鮮明な夢の光景が浮かぶ。気のない返事をする若い恵は、隣の男を憎からず思っていた。そして頭を撫でるだけで幸せそうだった男は、ジョンに似ていた気がする。
 その感覚がどういう意味を持つのか、恵は考えるのを止めた。だがジョンの腕に抱かれるのは堪らなく幸せで――懐かしかった。


 翌朝も眠ったままのジョンをベッドに置いて、恵一人で階下へ降りた。
 主に腰付近の倦怠感はあるが、開店準備は目を瞑っていてもできるほど慣れている。つつがなく支度を終えた恵は、ジョンを起こしに上がる前に珈琲を淹れた。
 そこへ、軽やかな足音が聞こえてくる。残念ながらその音は、階段からでなく店の入口からだ。
げんなりと肩を落としてすぐ、勢いよく扉が開く。度重なる無体の結果、ついにベルは留め具の寿命を迎えてウェルカムマットの上へ落ちた。

「だーかーらー、扉は静かに」
「いやだねえメグミ、朝はまず挨拶をするべきじゃないかい? いの一番にお小言とは、全くつまらない男だ」


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