「ば」 馬鹿



ごっちゃごちゃし過ぎてどれが教科書類でどれがエロ本かわからなくなった机の上、唯一輝く聖域を作り設置した卓上カレンダーを手に取り俺はほくそ笑んだ。

「ふふふ……やっとですね総長……今日こそ……今日こそ! あなたの腹チラを撮影してみせるっ」

デジカメ良し、静止画設定良し、そして靴下良し。
いざ決戦の、金曜日!

+++


いつの間にかナンバー3の座を総長から頂いた俺の、抗争時の役割は主に特攻である。
ゴウとゴウの小隊と共に、自分の小隊を率いてうようよしている雑魚に突っ込み、とりあえず総長とヨシさんの前方を邪魔する奴らをボッコボコにするのだ。

でも最近はうちのトキと、ゴウのとこのマナブがメキメキと力を付けてきたので、焦りはあるが割と安心して手を抜く事が出来る。
段々と素性が見えて来たトキが、奇声を上げながら腕を振るう姿は隊長として見れば涙ぐましい成長だ。一人の人間として見れば大分引くけど。

「ゴウ! 今日もよろしく!」

歓声と怒声と、肉のぶつかる痛い音がこだまするでっかい公園のアスレチックの影。
一旦小隊二つを突っ込ませてからゴウを引っ張って連れ込んだ俺は、いつものように首から下げたデジカメを服の中から取り出して見せた。

「カピバラくんの低反発ピロー」
「相変わらず報酬が高いな!」
「乗る?」
「仕方ない、総長の為!」

交渉成立。
小さな声で呟き合った俺達は、サボっていた事がバレないよう注意を払いながら、雑魚の群れへと走り込んだ。

抗争時、総長を始め俺達幹部四人と、それぞれの小隊三人は特攻服を着る決まりがある。
というかこの辺りのチーム一帯の暗黙の了解と言うか何と言うか。
やっぱ着る物くらい変えとかないと誰狙えばいいかわかんないし、それを着たいが為に下っ端が頑張るかららしい。
うちは黒、相手チームは赤だ。
向こうのトップらしい男が赤い特攻服でぼけっと突っ立っているが、どこから見てもダサい。別に顔が不細工とか服の刺繍がダサいって訳じゃないけど、とりあえず反対側で携帯ゲームに夢中なうちの総長様がかっこよすぎるんだと思う。

だが問題はそんな事ではない。

特攻服。特攻服と言えばサラシ。サラシと言えば、

「は、ら、ち、ら……っ!」
「ぅぐへっ!」
「ぽ、す、た、あ!」
「がっ!」
「総長コレクショーン!」
「ぎゃー!」

見た事ない奴を選んでボコりながら、総長の腹チラを妄想する俺。
あんまり動こうとしない総長が重い腰を上げ相手に突っ込んで拳を振るう時、空気を読んだ風が特攻服をはためかせるのだ。そしたら見える。総長のビューティフルなおへそが。つまりそこがシャッターチャンスなのだ。

今まで何度カメラを構えたか。
そして何度、悪戯な風に焦らされ涙を飲んだか。

今日こそは、ゴウを盾にして腹チラ写真を撮ってみせる。

「ヘソは神いぃぃぃぃ!」
「意味わからん事言ってねぇでさっさボコれ馬鹿!」
「はい総長!」

愛する総長からのラブ光線を鋭い眼光から送られた俺は、ゴウの仕事が無くなる勢いで相手をのして回った。

積み上がる屍。や、生きてるけどね勿論。俺いい子だから鳩尾しか殴らないし。

あらかたの構成員が片付いたところで、血の滲む拳を摩りながら周囲を見渡す。
立っているのは勿論、うちのトップと小隊長三人、それから下っ端チラホラリ。
向こうのトップの舌打ちと下っ端の呻き声しか聞こえなくなって、漸く生きる芸術、総長が携帯をパタリと閉じた。

「やるじゃーん、あんたんとこの下っ端」
「てめぇんとこは腑抜けだな」
「あはは! 携帯弄るしか脳のない総長に言われたくないよね!」

ニヒルな笑みを浮かべながら総長が真っ直ぐ相手総長へと向かい歩き出す。ヨシさんはそんな総長の斜め後ろを歩きながら、ニコニコと笑っていた。

「んだと…? 覚悟しろよてめぇ!」
「さっさと終わらすぞ、ヨシ、ゴウ、馬鹿」
「らじゃー」
「俺もプリーズコールマイネーム!」

下っ端達の働きを見て一目瞭然だが、最終的な勝ち負けはやはりトップ同士のボコり合いだ。
横一列に並んだ俺達の向かい側に、相手チームのトップも四人並ぶ。
俺は勿論向かい側の、気の強そうなちびっ子とやんなきゃなんないんだけど、

「ゴウ、頼んだぞ!」
「カピバラさんの……」
「わかったから!」

こそっと隣のゴウに耳打ちし、俺は僅かに列から下がった。
カメラを構える事が今日の裏任務な俺は、まともにトップ達と拳を交える訳にはいかない。勝つ自信しかないけど、何かの拍子にデジカメ内のラブメモリアルが壊れたら大変だからだ。

俺とゴウの取引内容。
それはつまり、

「俺の分もよろしくな!」

なのだ。

そして先手必勝とゴウが俺の相手へ突っ込んだのを合図に、全ての人間がぶつかり出した。
ゴウは俺の方へ来ようとするちびっ子を止めながら自分の相手の頭を長い足で蹴り、ヨシさんは大男の額目掛けて拳を繰り出し、総長は一歩も動かずに、向かってくる赤い総長を目で追っている。

うちのチームは強い。
これは驕りではなく、過去の功績を客観的に見た場合のまごうことない事実だ。

だからこそ俺は、初っ端から手を抜く必要があった。
カメラを構え、いいアングルを探しながら移動し、総長のお姿が全身入る位置で地面に片膝をつく。
砂がじゃりじゃりしててちょっと痛いけど、そんな事気にもならない程俺はヘソ辺りをレンズ越しに凝視していた。アドレナリンどっばどば出ている気がする

「総長……へそーっ!」

ゴウが片腕でちびっ子を絞めて落としながら、もう一人の鳩尾に爪先をめり込ませる。
ヨシさん執拗な程急所ばかりを突き、ひるんだ大男の首裏に手刀を落とした。

「うらあぁぁぁぁっ!」

総長は無表情な顔を物凄くつまらなそうに歪め、両手をポケットに入れて言った。

「クソ時間の無駄」

向かってくる赤の総長をするりとかわし、体制を崩したその背中に遠心力を利用した蹴りを入れる。
勢いを殺せずに顔から砂利に突っ込んだそいつは、盛大に噎せ起き上がろうとして失敗したようだった。

しん、と静寂がこの場を包む。
見学している下っ端達も、俺達も、総長の次の言葉を待った。

目が乾くんじゃないかってくらいかっぴらいて見ていた俺は、ゆっくりと総長が背を伸ばしたのを見て、血の気が引いていくのを感じていた。

「てめぇら、帰んぞ! 今宵は圧勝の宴だろう?」

わっと沸き上がる我がチーム。
肩を叩き労い合う下っ端達。
伏せたままのダサい総長に目をくれる事もなく、総長とヨシさんはバイク置き場へと足を向ける。

「撮れた?」
「……ゴウ」
「おっつー」

何かを察したのか、ゴウが珍しい言葉で俺を慰めた。背中をでかい手が力強く叩く。
俺は叫んだ。

「見惚れてしまったぁぁぁぁぁ! 素敵すぎる総長神! むしろ罪! 5分前に帰りたいいいぃぃぃ……っ!」
「うっせぇ馬鹿ポリ呼ばれたらてめぇだけ差し出すかんな!」


キレた総長が投げた小石が、美しい曲線を描いてデジカメのレンズへキスをしたのはまた別の話である。

(勿論カピバラ買わされました)
END

うましかへリクいただきました^^
馬鹿の馬鹿っぷり&総長をどれだけ好きか、です!
後者のリクには答えきれていない気もいたしますが…にょん様、如何でしょうか?(汗)
とりあえず馬鹿の総長コレクション収集現場をお送りしました(笑)
少しでも満足いただけたら幸いです。

ありがとうございました!

 

短編・ログトップへ