ケイイロ6



いい大人が横一列に並び、何故か正座のまま真新しい地デジテレビを見るという光景は中々に奇妙なんじゃなかろうか。
俺は昨日からわかっていたし、家を出てリクの家に来る前こっそり今井さんに会った時週刊誌を三冊もらったから、もう既に飽き飽きしていたけれど、親友と幼なじみが食い入るように画面に夢中だから、大人しくそれに付き合っていた。

昼間のワイドショー。
オープニングの瞬間から、キャスターがそのニュースを口にする。
コメンテーターや芸能記者がそれに乗り、事の真相を知っている俺からすれば誇大表現しすぎな熱愛報道で盛り上がる。
それは、三人の膝にそれぞれ乗っている三社の週刊誌と大差ない内容だった。

「ナニコレ破いてイイ?」
「レンちゃん片言になってる。……でも破いていいよ」
「いやいや、これイロハの持ち物だしー……あーでも破く? せーので破いちゃう?」

やめろ。

左から俺、レン、アズ、リク。
レンは右に、リクは左に、アズは手元の週刊誌に目をやって、俺が白けた顔をしているのに気付かずどこの部分から破るかを議論している。
いつ止めるかと眺めていると、漸く議論が集結したのか三人の手が慶とプロデューサーの女が映るページの、その真ん中、丁度二人を裂くようにかかった。

「馬鹿かお前ら」

パコン、と軽い音一つ。
一番にリクの頭を叩きたかったが、遠いのでレンの頭だけが俺の手の平の餌食となった。

「痛ぇし。イロはムカつかねぇのかよ」
「そういう訳じゃない」
「私はすごく怒ってるよ!」
「俺もさすがにムカついてっしー!」

あーだこーだ、三人が各々胸の内を大音量で吐露する。俺は聖徳大使じゃないから聞く努力すら放棄した。

「一人ずつ喋れ煩い。だから何度も言っただろう、慶は本気な訳じゃないって」
「「でも!」」
「あーもういい、わかったわかった」
「イロが冷静過ぎんだよ! 俺らが怒らなくて誰が怒んだ!」

聞き飽きた、と手をヒラヒラ振る俺のそれを掴んで、レンが顔を歪めた。
その向こうでアズが無表情のまま三冊の週刊誌を纏めて、リクの家だというにも関わらず勝手にテーブルの下に突っ込む。アズらしくない乱暴な扱いには、きっと収まりきらない苛立ちが込められているのだろう。

正直、俺の為にこうして頭に血を昇らせる三人が嬉しかった。

「でもさ、マジどーすんの、シノ先輩の事」
「東雲さんはイロちゃんのなのに……」
「……よし俺んとこ戻って来いよ歓迎す」
「レンちゃんどさくさに紛れて口説かないの!」

ペチン。今度はアズの小さな手の平がレンの背中を叩いた。笑ってしまう程いつも通りの光景。

「大丈夫。慶は動くから」
「どういう事?」
「俺もそろそろ動くよ。まぁ、慶がやった後の止めを刺さなきゃならないしな。明後日までには何とかなるだろう」
「明後日?」
「ああ。先生にもらった休みが明後日までだからな。さっさと片付けないと後々こき使われる」
「あー……イロハんとこの社長さんなー……」

あの人怖い、と腕を擦るリクは、以前一度だけ会わせた俺の勤め先の責任者を思い出しているのだろう。
たまたま運悪く多忙な日に遊びに来たリクは、まともに挨拶さえさせてもらえずひたすら雑用扱いされていた。無駄口叩こうものなら飛んでくるのは罵声ではなく火のついた煙草だ。

「先生も片手間に調べてくれているし……後はあの女の弱みと接触するだけなんだ。連絡つかないけど」
「どーすんの?」
「乗り込む。言っておくがリクも一緒に行くんだぞ」
「えぇっ!? いたぁっ!」

うまく会話の内容を掴めていないのか、黙ったままの幼なじみに構わずリクを蹴る。正座し過ぎて痺れた足には大ダメージだったようだ。

「俺に何かあってみろ。慶が何をやりだすか」
「勿論一緒に行きましょう!」

空元気で拳を突き上げたリクは、立ち上がろうとして死んだ。
痺れてた事忘れてたなコイツ。

「イロちゃん……何するの?東雲さんに任せておけないの?」
「本当に大丈夫なのかよ」

心配そうな視線が二人分、もどかしそうに突き刺さる。

でも、俺は本当に大丈夫だった。
慶には慶が居ればいいと言ったが、それはきっと正しくない。
最終手段として慶の中に根付いた「俺と付き合っている事を公表する」という行為は、きっと慶の立場を危うくするだろう。
支持者は少ない。慶伝いで俺の顔だって割れるだろうし、そうなったら俺も後ろ指を指される立場になる。

それでも。

慶の歌を、人間性を気に入って支持してくれる人は必ず居る。
そして、変わらず傍に居てくれると確信出来る友人も、家族も。

「お前達もいるんだ、俺は大丈夫に決まってるだろう?」

何度も頷いた三人は、誇らしげに笑った。

(なら怖いものなどないに等しいじゃないか!)

 

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