7 side-tomo

各々が新しい空気を呼び込む言動と態度を無意識の内に模索している最中、突如ヒロが背筋をピンと伸ばして長椅子に横たわった。
足も腕に抱き込む。

「ヒロ?」
「智宏の匂いがするぅ…!」
「は?」
「はぁ?」

一見ストーカーじみた発言を小声で呟くけれど、行動は喜びよりも焦りが勝る。
梅やんと鼻をスンスンしてみたけど、俺らには保健室特有の消毒液の匂いしかわからんかった。

「ちょ、居ないって言って!」
「言うも何も、トモ先輩おらへ、………」

その時、どこからか廊下を疾走する足音が耳に届いた。まさか。そんなありえんやろ。いやいや、ないない。
妙に信じたくない気持ちのまま梅やんと顔を見合わせてる間に、その足音はどんどん近付いて、やがて現実を突き付けるように、保健室の扉が勢いよく引かれた。
オーノー。

「寛哉!」
「トモ先輩…」
「、寛哉はー?」

初めて会った時みたいにヘアバンドで髪の毛を上げてないトモ先輩は、肩で息をしながらもう一度寛哉、と問うた。
制服どころか体操服のジャージでもなく、どっからどう見ても今の今まで寝てましたって感じな灰色のスウェットも相まって、普段から怠そうな雰囲気に輪がかかってるように見える。
一応様子見た方がいいか、と、とりあえず知らん顔をする為に首を傾げた。

「どないしたん?」
「寛哉の匂いがしたんだけど」

何このカップル。

さっきのヒロと全く同じ事を真顔で言うたトモ先輩は、明らかに引いてますって顔をした俺ら二人を丸っと無視して室内を見回した。
カーテンの引かれたベッド、隣の部屋、それからヒロの転ぶ長椅子。
その一つ一つを睨む姿は、眠いとか怠いとかが綺麗さっぱり伺えん程剣呑さを醸し出していた。

多分ヒロがここにおる事自体は確信してんねやろう。それでもわざわざ隠れとって、俺が惚けたせいで若干凹んだみたいやった。
じっと困ったような泣き出しそうな顔をして見つめてくるから、ゆっくりと首を振った。それから、頭を抱えて気配を殺すヒロを見てまたトモ先輩を見る。
それだけで、長椅子の背もたれに隠れてる事が伝わったらしかった。

「ヒロ探しとんの?」
「あ…うん、そう。起きたら居なかったんだー」
「教室ちゃうん」
「ううん、居なかった。寛哉が行きそうなとこは全部まわったし」
「大西、扉閉めとけよ」
「あ、はーい」

梅やんに言われて大人しく扉を閉めたトモ先輩は、そこにもたれてしゃがみこんだ。
その音を聞いて、どうして中に入れてんの、とヒロが腕の隙間から睨み上げて来るけど無視した。

やっぱり、やっぱりさぁ、ヒロは大事な友達やねん。その友達が悩んでんのん、黙って見とくとか俺無理やもん。

余計な事すんなとか、ゆわんとってな。意地でも失敗せぇへんから。
俺初めてお前に会った時言うたやん、最後まで面倒見たい派やねんって。

「ちょっと小耳に挟んだんやけど、聞いてもいい?」

あんまり他人に言えない話しとヒロがゆったのは最もやと思う。
人が口出しするにはあまりに無粋で、しかも相手はヒロじゃなくてトモ先輩やから。
お伺いを立てた俺に、トモ先輩は目線だけで頷いた。

「最近ヒロ虐め抜いてくれたみたいやん。何があったん」
「…別にー」
「ボケ。別にで済んだら俺の耳に入るかい。トモ先輩やったらわかるやろ、ヒロボロボロボロンチョやん」
「ボロボロボロンチョて…」

梅やんの呆れ声が聞こえる。
居心地悪そうにヒロが身じろいだ。

「しょうもない理由であんなんにしたんやったら許さんで。俺の大事な友達やから」
「それって友達じゃなかったら気にしないって事?」
「そうやな。見ず知らずの人間の為に口出しする内容ちゃうし」
「まぁそうだねー」

でも君はもっと善人なのかと思った。そう呟いて自嘲したトモ先輩は、どっかりと冷たい床に腰を下ろした。長い前髪を後ろにかきあげて扉に後頭部を預ける。
目を閉じて溜め息を吐く姿は、どこか諦めが滲み出ているようやった。

「最悪だー。寛哉には面倒臭い後ろ盾がいるんだねー」
「頼もしいってゆえ」
「ほんっと最悪」

最悪と、悪態をつく度にヒロの顔が歪むのを、トモ先輩にビデオで撮って見せつけてやりたくなった。



「寛哉ってさー、捕まえてなきゃ居なくなりそうなんだよね」

真上に手を伸ばして、ぐっと何かを掴むような仕種。
勿論そこには何もなくて、感触さえもない空気だけが、動きもせずに。
それがいたく悲しかったのか、トモ先輩は目を伏せ、それから続きを話し出した。

「中学生の時、親類の婚約パーティーに駆り出された事があるんだー。すっごい眠くて怠くて、ぶっちゃけ興味もないしー、そんな親しくないしー、本気で帰りたかった」

+++


着慣れた学校の制服である事が唯一の救いだった。
愛想笑いとマナー本のような台詞、角度まで計算され尽くしたお辞儀。
その内自分もあの輪の中に入らなければならないと考えると、諦めと同時に嫌悪すら抱いた青臭いガキの頃。

普段なら美味しそうだなぁと思うはずの並ぶ料理は、今この場にあると言うだけでまずそうに見えて手を出す気にならない。
まだ中学生というのもあり少し紹介されるだけで、挨拶周りについていく必要もなかった俺は、ありったけの強い眼光で睨んでいたら焦って早く進まないかと、大きな目立つ時計を見つめていた。
勿論そんなうまい話しある訳なくて、むしろ一秒とはこんなに長いものだったのかといらぬ発見をしただけだった。

そんな時だ。

「ねぇそこの見るからに暇そーな人」

まばゆく艶やかな金髪の少年が、俺と同じような怠さを秘めた瞳を向けて来た。



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