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何かがおかしくなっていった。
また、そうだ。思い通りにいかない事ばかりで、俺は息が出来なくなる。
こんなんじゃいけない。
こんなんじゃ、俺はまた一人ぼっちになってしまう。
何がいけないんだろう。
何が間違っているんだろう。
「恭也、帰るぞ」
「あ、うん…」
会長が繋いできた手は冷たくて、暖かかった。
俺はそれを振りほどけもしないくせに、会長は変だ、と決めつけた。
ーー正解なんて、一つも持っていないくせに。
+++
給湯室で倒れた後の事を教えてくれたのは、庶務の阿笠くんだった。
保健室のベッドに寝かされていた俺が目を覚ました時傍にいたのは彼で、何故かショリショリと林檎を摩り卸していたのだ。
その時俺は阿笠くんが居た事よりも、彼が摩り卸している林檎の量に唖然としていたと思う。まぁ、誰だってボウルいっぱいの摩り卸し林檎を見たら口をひきつらせるとは思うけど。
そして彼は、起きて目を丸くする俺にこう問いかけた。
「あの時恭也先輩につけこんだのが副会長じゃなくても、先輩はそんな風に盲目的になった?」
その、意味は、俺にしかわからなかっただろう。
彼が何故その事を知っていたのか、俺には知る由もないけれど、少なくとも彼が俺の事を知っていて、副会長との関係も知っていて、だからそう問うたのだと理解はできた。
それでも、俺は答えなかった。否、違う。答えがなかったんだ。
「わかんない?じゃあ質問を変えますね。…副会長じゃなきゃいけない理由って、何?」
「りゆう…?」
「そう。恭也先輩は、とんでもなく世間が狭いでしょ。だから、今は副会長しか目に入んない。だったらさ、そのポジション、他の人間でもいいよね」
ショリショリ、ショリショリ。
気を散らす音が、保健室に響いては消えていく。
俺はやはり彼の言う意味を図りかねて、困った顔をしていたと思う。
「…まぁ、いいや」
「いーの…?」
「いいですよ。反射的に副会長じゃなきゃ!て言われなかったから」
「…」
「責めてませんよ。責めてませんから、むしろホッとしてますから、そんな顔しないでください」
林檎食べて元気出して、と言われ、俺はヘラリと笑う事しか出来なかった。
それから、給湯室で気を失った時俺を抱き止めたのは和野くんで、運んでくれたのも彼だったと聞いた。
副会長はすぐに生徒会室を出て行ってしまったようで、会長と和野くんが保健室に運ぶ役目をジャンケンして決めたとか、阿笠くんが購買に林檎を買いに行ったら何故か箱ごともらったとか、そんな話もした。
結局ボウルいっぱいの摩り卸し林檎は、後からやってきた会長と和野くんと、四人で食べた。
その時はまだ、そんなにおかしくなかったはずなんだけど。
ーーその日から、会長の様子が変なんだ。
「恭也、天ぷらはソース派?醤油派?それとも天つゆ派?」
何がどうしてこうなったか、俺はそのきっかけを思い返そうとして失敗した。
ここは会長の自室で、そのソファで座らされているのは俺だ。
そして家主であるはずの会長は、キッチンから主婦みたいな声を飛ばしてくる。
「えーっと…塩派?」
「ははっ。なんで疑問系?いっつも何つけて食ってんだよ」
「あんま、揚げ物食べない…し。いや、てゆーか、何で俺ここに居るの?」
摩り卸し林檎を食べた次の日から、朝昼晩と会長は俺の食事の世話をし始めたのだ。
更に風呂で背中を流されそうになり(拒否ったけど)、夜は寝付くまで添い寝される。
仕事するからと部屋へ帰ろうとすれば、ここですればいいと半分やってくれるし、朝起きた時髪のセットをされた時は、あーすごいなんか俺飼われてる?と思ってしまった。
学校でも一緒。生徒会室も一緒。登下校も、部屋でも一緒。
「何でって。問題あるか?だめか?」
「ダメって言うか…変…?」
何がいけないかって、俺がその会長の行動に少し喜びを感じ始めている事だ。
これは確かに、副会長との約束を破る行為なのに。今までなら全部拒めたはずなのに、会長の「ん?」ていう声と柔らかな笑顔を見たら、喉まででかかった言葉を呑み込んでしまうのだ。
「変、か。ならいいだろ」
「よくない気がするよー?」
「変ではあるかもしんねーけど、嫌ではねーんだろ。なら、俺がやってる事は何の問題もねーんだよ。っと、出来たぞ」
会長はどうしてか満足そうだった。
嫌ではない。確かに、そうだけど。それでいいんだろうか?俺は釈然としないまま、あの生徒会長の手料理がテーブルに並ぶのを見ていた。
「かいちょー、料理…得意なんだね。いっつも色々作るじゃん?すごーい」
「すごくねーよ。毎日やってるわけじゃねーし」
「?でも…」
俺がここで夕飯を共にするようになってから、毎度会長の手料理だったはず。
テーブルの上と会長の顔を見比べる俺に、彼はふはっと可笑しそうに笑った。
「恭也に食わせたいから作ってるに決まってんだろ」
「お、…ぅ、あ……と」
「何だそれ!ははっ可愛いなお前」
大きくて冷たい手が、俺の頭を撫でて頬へ滑っていった。
ひんやりした感触が酷く気持ちいい。けれど、すぐに離れていった会長は箸を持ってそれを俺に握らせた。
「食え。たくさん食って栄養つけて、アホほど眠って…」
「うん…?」
「…ちゃんと元気な顔見せろよ」
ふわ、と笑った会長が居る場所は、彼の回りだけ不純物の取り除かれた潔癖な空間みたいだと思った。
「吐いても構わねーから。怒ったりしないから」
気遣わしげに細められた目尻の優しさが、痛かった。
俺にはそれを受けとる資格がないと、知っていたからだ。
会長、ねぇ、どうしよう。
俺はあなたが、あなたの優しさが、怖くて仕方ないんだ。
(その手が怖かった。俺が俺じゃなくなりそうで。ようやっと完璧に、痛みを感じなくなったというのに)
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