16*
「君が想像する以上にイメージトレーニングはできている。だが……」
いつの間にか間宮を下着一枚にしていた佐古は、悩ましげに眼下の薄い腹を撫でた。
「君に対する煩悩が暴走しそうで、無理をさせてしまわないか気がかりだ」
ほぼ裸の恋人をベッドに押し倒しておいて、大真面目に心配する佐古が可笑しい。しかし間宮は、そんな男の真面目さが好ましかった。
「いいよ、何しても」
手を伸ばし、まだ型崩れのないネクタイに指をかける。佐古は間宮が好きにしやすいよう、喉元を近づけた。
「随分な誘い文句だ」
「痛いのとか怖いのとか、俺はホントに、どうでもよくて……」
衣擦れの音がして、引いたネクタイが抜ける。それを床へ落とした間宮は、男の首裏に腕をかけて抱き寄せ、喉仏にキスをした。
「春馬さんに触りたいだけだから」
「……保証はできないが優しくする」
「うん」
間宮の頬を撫でた手の平が身体を這う。ゾクリと肌が粟立ち、息を詰めた。
男はその反応を怯えからくるものと取ったのか、慰めるように額へキスをする。
「痛かったら手を上げろ」
「それ歯医者さんじゃないの。上げてもやめてくれないやつ」
「それだけ言えれば大丈夫そうだ」
茶化して少しだけ笑う佐古は、余裕なく唇を重ねる。これから味わう痛みを覚悟している間宮が、手を上げることはない。
代わりにいつもより体温の高い男を抱いたまま、浮き上げた腰で兆しかけている恋人に悪戯をした。
しかしその余裕も、かれこれ一時間が経過した頃には形無しだった。
俯せになって枕を抱く間宮は、上擦る声の代わりに湿った呼気を吐き出す。
未経験だと言ったくせに、佐古の手は的確に間宮を追い詰めている。腰だけを上げさせられた背後には、何故か用意されていたアナル用ローションを手にまとわせた佐古が真剣な顔で陣取っていた。
「まだ痛いか」
「そ、いう、わけじゃ、ないけど」
「そうか。黙っているから痛いのかと思った」
煩悩を暴走させる気配のない冷静な佐古は、後孔に埋めた指を軽く開いては広がり具合を確かめている。
数分前、首を捻って振り向いたときは非常に後悔した。尻の狭間をあれほど真面目な顔で見つめられては、いくらなんでも羞恥心で頭が爆発しそうになる。せめて眼鏡を外してくれたら気持ちも楽になるかもしれないが、そこは「見たい」と強い一言で却下されてしまったので食い下がれない。
だが今は耐えるときだ。中止を求めるのは簡単だが、時間をかけて準備をしている男の努力と我慢を無駄にはしたくない。
「うう……」
円を描くように動く指が、執拗に内壁を撫でる。慣れない行為のもたらす不快感は嘘じゃないのに、先ほど射精させられたはずの性器が、緩く頭をもたげているのが不思議でならなかった。
「春馬さん、まだ無理そう……?」
いっそ、一思いに抱いてほしい。
終わりの見えない修行のような感覚が無謀な願いを抱かせるが、佐古は軽やかな音を立てて間宮の尻を叩き、潜ませた訴えを棄却した。
「まだだ。指三本分はスムーズに抜き挿しできるようにならないと、君の狭い肛門に僕の性器は挿入できない。まだ一本足りない」
「もうちょっとオブラートに包ん、っ、あ」
物言いに抗議しようと身体を動かしたとき、不意に中の指が位置を変えて腰が跳ねる。ほんの一瞬だったが、下腹に響いたのは確かに快感だった。
佐古は転がり落ちた喘ぎを聞き、指の動きを止める。
「今のはなんだ?」
「わかんない……」
「どこだ? ここか?」
「あっ、う……っ駄目、一回指、抜いて」
「正気か? 漸くそれらしき声が聞けたのに」
実験するような眼差しを後孔に注ぎ、佐古は指の腹で何かを探り始める。ずり上がって逃げる間宮の背中を押さえ、どこまでも熱心に愛撫を続けた。
その内、指がさっき声の出た場所に触れる。
丁度性器の裏側辺り、浅い位置を圧されると鼻から息が抜けていった。
「ふんん……っ」
「なるほど、これだな」
「っあ、あ、待って春馬さ、ぅあ」
「調べた通りだと前立腺か。他と違う感触がある。さっきより膨らんでいるような……」
どんな顔でそんなことを調べたのかと、余裕さえあれば彼をからかって他愛ない押し問答を繰り広げたいところだ。
しかし陰茎を擦られるのとは異なる内側からの刺激は、受け止め方がわからず苦しい。
それにも拘らず、佐古はのたうつ間宮の腰を片手間に引き寄せて、無情にもその部分を責め立てた。
「待っ、嫌だぁ、やめ……っ」
「やめない。括約筋も緩んできた」
「無理っ、く、ふ、出したいっ」
強制的に吐精させられそうな快感が突き抜けるのに、気持ちいいばかりで決定打がない。
このままでは頭がおかしくなる。焦った間宮は放置された自身に無我夢中で手を伸ばした。擦れば出せる。とにかく射精がしたい。
しかしそれだけを願った指先は性器を捉える前に、男の手に捕まってしまう。
「出すな。後ろがまた締まってしまう」
暴れかけた背中を、ベッタリと男の体温が覆った。捕まえた手をシーツに縫いつけ、間宮を圧し潰すように被さった佐古は汗ばんだ首裏に歯を立てる。
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