Cendrillon−12












「は?え、HEROのヘルプって話でしたよね?」
目を見開いてロイズさんを見つめるとにっこりとした笑顔が返ってきた。抗う事が出来ない強制力付きで。
「そうだよ。ブルーローズのヘルプ。ほら、以前イベントの代役で助けてもらったことあったでしょう?あの時のお返しって事で」
「いや、それがHEROショーかの出演なら喜んでやりますよっ!?でもこれ、どう考えても違うでしょう!」
そう言って指差した先に組まれたのは大型セット。
普段撮影で使うような、後で背景合成しちゃえばいいや、的な青いスクリーンでは無い。いや、青いって言えば青いんだが…
「今年の夏の新作だそうですよ」
隣に立つバーナビーが先程渡された今日の台本とコンセプトイメージの企画書に目を通しながらそう言った。
企画書の表紙に書かれた文字に頭が痛くなってきた。
『この夏は大胆誘惑☆魅惑のトロピカルルージュ!』
眼前には人工的な青い空と常夏の浜辺(の舞台セット)が広がっていた…






「それじゃ、10分後監督が到着次第撮影開始しまーす」
拡声器越しの声を聞きながら頬杖をついたまま不機嫌に足を組み直す。
一番大事な監督が遅刻ってどういう事だ、って気持ちと何で俺がこんな場所に、という気持ちから珍しく苛立ちを感じていた。
右隣にはいつものHEROスーツを着たブルーローズが、左側には紙コップのコーヒー片手のバニーが座っている。
バニーの服装はHEROスーツではなく、ましてや私服でもない。さわり心地のよさそうな真っ白な麻のシャツ。少し大胆に空いた胸元から見える肌は普段の真っ白とは少し色味が異なり、金粉でもまぶしたかのようなほんのりとした小麦色をしている。先程行ったメイクのおかげだ。
髪型も肌に合わせ変えられた。
上品にまとめられていた髪は先端を遊ばせ、奔放な印象に、だが決して粗野にはならない様にプロの技でまとめられた。軽く首を動かすたびにふわりと揺れ遊ぶ金の髪は、見る者に彼のイメージを損なわせない程度に危険な遊びの匂いと野性味を感じさせていた。
当初は衣装意外軽くメイクするだけの予定だったのだが、スタイリストさんが遊び過ぎた結果らしい。
いや、似合ってるんだけどさ。
「なんだか私、浮いちゃわないかしら…」
女王様のイメージを保つため気だるげに座っていたプルーローズが隣の自分にしか聞こえない様な小声でつぶやく。
その顔を覗きこむと僅かではあるが緊張と不安が見て取れた。
「緊張してるのか、お前?」
「そりゃしてるわよ…化粧品の仕事なんか初めてなんだから………しかも相手があのハンサム…」
ぼそっと呟いた最後の方の声は心底嫌そうに聞こえたんだが…あれ、仲悪かったっけおまえら?
まぁ24の男に女子高生勧めるなんて真似は出来ないけれど、結構お似合いだと思うんだけどなぁ。
本日、彼女の所に回ってきた仕事は某化粧品メーカーの新作口紅のCMだった。
HEROの中で唯一口紅が似合う女性(この点はファイヤーエンブレムには絶対に秘密だ)という事でオファーがきたらしい。
女王様キャラの彼女に新たな魅力を付け加える事が出来るかも、と上司も結構ノリノリで彼女には決定権はなかったらしい。
「ま、出演料として新作コスメ一式もらえるって言うのは、嬉しいけどね」
「へ―…やっぱブルーローズも女の子だねぇ。化粧品なんて、色気づいちゃって…さては好きな男の子の為?」
「ち、違うわよっ!好きな男の子なんて…どっちかというと、男の、ひと、だ…し…」
にやにやとからかい半分にそう言うと、真っ赤な顔で反論してきた。おいおい、女王様キャラ忘れてるぞ?
それを見ていたバニーのため息。
「7大企業がスポンサーについてからそれなりに時間が経ちましたからね。そろそろHEROの独占期間は終わりでしょう。これからはこういう仕事、僕らにも回ってくると思いますよ」
だから今日はしっかりと勉強してください、と付け加えながらぱたりと台本を閉じる。
「つっても俺には来ないだろうよ、化粧品のCMなんて」
「…まぁ、いつもの貴方ならそうなんですがね」
いやいやいや。例え女になったからってこんなオバサンにお肌の肌理近接ショットな化粧品のCMなんか来ないっての。
普段テレビで見る女優さんなんか見てみろよ。俺と比べるのすら無理だろって。
「って言うか今日俺いらなくないか?何でわざわざ…」
「オバサンは常に僕と一緒に居ないと」
バーナビーがさも当然と言った様に頬笑みを向ける。すると真後ろからブルーローズの声。
「ちょっと、それどういう事よ。ただでさえいつも一緒に居るって言うのに…」
「仕事です」
サラっといいやがったっ!いや、自ら監視を買って出たんだろーがお前は。
「タイガーは今女の子なのよ。女同士の方が気楽でしょ、アタシが面倒みるわ」
そう言って腕にしがみつく。中身男のまんまなんだからそれはそれでまずいというか…って言うか胸が当たってるけどあんまり柔らかくはな…いや、口にしないけど。
「何言ってるんです。部外者でしょう、貴女は」
今度は逆の腕をバニーに取られた。グイっと男の力でブルーローズごと体を引き寄せられる。
両側の腕に抱きつかれれば流石に苦しい。大岡越前よろしく引っ張り合いにならなかったのは助かったが、今度は潰されそうだ。
「ちょっ…!アンタ近いのよ。離れなさいよっ!」
目の前でハンサムと美人(化粧したブルーローズは十分美人と言えると思う。印象きついけど)が睨みあう。
「嫌です。そっちこそ離れて下さい。ほら、化粧が崩れますよ」
にっこり笑顔で女性に言ってはいけない一事を言い放ちやがった。ブルーローズの血管が切れる音が聞こえたかも知れない。
こりゃハンドレットパワー使ってでも二人を宥めかすか…
丁度その時、恰幅のいい白ひげの男が近づいてきた。帽子にサングラス、腹の肉が揺れ気味の背の低い男。
「いやいやいや。遅くなってすまないね。今日、監督をやらせてもらうトミ―…」
ギロッ
アイドルHERO…いや、普通のHEROでも許されない様なものすごい迫力の目×二人分が部外者をねめつける。
即座に固まる男…たぶん監督。お前さん遅刻しすぎだっての。
彼が遅れてこなければこの騒動も無かったので自業自得と言うべきだが、男は石化魔法でもかかってるんじゃないかというぐらい、ピクリとも動かない。
流石にちょっと心配になってきた所でプルプルと震え始める。
ぇ、何、新たな呪いっ!?
嫌な汗が背中を伝った瞬間、飛び跳ねる様に顔をあげた監督が、妙にきらきらした目でのたまった。


「君たち、すごくイイッ!!」




―――降り注ぐ真夏の暑い日差しを反射する氷の薔薇。真夏でも女王の佇まいは変わらない。彼女は何時も孤高の薔薇…
『だけど、今年の夏は少し違う』
―――南国植物のジャングルをかき分けて現れる金髪の男。大きな葉の影の下、小さく笑う。
―――伸ばした手、思わずそれを取ってしまう彼女。
―――引き寄せられる体、近づく距離。彼女の頬に添えられる手。
―――指先がやや強引に唇を拭うと彼女の蒼い唇は光を反射する薔薇色―――パールローズにかわる。
『引き寄せられる、抗えない引力』
―――ブルーローズの手がバーナビーの頬を包む。親指でなぞると彼の唇にはシャイニングオレンジの色。
―――見つめ合う二人。
その瞬間背後のジャングルから甘い雰囲気を飲み込む様な危険な気配。
―――二人の視線は奪われるかのように森の奥へと吸い込まれる。
―――濡れた様な黒い髪、金属の様な光沢のブロンズ肌、木々に隠れその顔…瞳の色が見れないのが非常に悔やまれる…がその代わりにあまりに印象的なワイルドレッドの唇…
―――孤を描くその赤は魂すら奪いかねない…まさに魂を奪われたかのような表情で森の奥底を見つめる二人。
『この夏、抗えない魅惑の力を貴方に』
―――氷の薔薇と若い男と謎の赤
―――決して絡む事の無い視線に一夏の情熱の予感を残して…




「いやぁ、久々に納得の出来だよっ!ありがとう。やっぱりいいねぇ、神秘的な氷の女王に完全無欠の金髪の美男。そしてオリエンタルなミステリアスビューティー!今日はこれてよかったよ。久々の大満足だ」
ニコニコとしながら監督がメガホンをふるう。まるで子供みたいにじたばたと体を動かす姿は少々滑稽だが、これでも彼なりに興奮と満足を表現したいらしいし、つっこまないでおく。
「今度ぜひ僕の映画にも出でくれよたまえ。はっはっはっはっは!」
そう言ってバニー、俺、ブルーローズと順々に両手を握って、一方的に激しい握手をした後来た時と同様、さっさと引き上げて行った。
サングラス越しにだがあの男の顔、見覚えあったんだがなぁ…
「なぁ、あのおっさんどっかで見た事無かったか?」
隣に立つバニーに聞くと少しげんなりとした顔で答えてくれた。
「……今更ですが、結構有名な映画監督ですよ。監督と名のつくものなら食品から舞台まで何でもするという、風変わりな」
そう言って教えてもらった名前はメディア関係の会社に勤めてる者として、知っていて当然の大物だった。取った映画も何本か見たことある。数年前にヒットしたアクション映画は俺も大好きだった。
「えー、えー…サインもらっときゃよかった。あ、でもまた会うチャンスはあるよな、誘ってもらったし!」
もしかしたら銀幕デビューかぁとそわそわする。
何でこんな…と言っては失礼だが、化粧品のCM監督なんか引き受けたんだろうか…


そんなわくわくした虎徹を見ながらバニーは一人心の中でため息をつく。
(―――作品も一風変わってるんですがね。とんでも設定のSFとか、強烈な個性の恋愛ものとか)
以前虎徹が見たアクション映画は奇抜さと役者と設定が見事にマッチしたからヒットしたのだ。対するバニーが見たのはグロテスクなエイリアン物であまりの悪趣味な造形にその晩はうなされる破目になった。
低予算で多数の作品を取る彼はアルバイト感覚で頼まれればどんな仕事でも引き受けてしまう。そしてそのお金で新たに映画を取る。今回の仕事もきっとそんなアルバイトの一つだったのだろう。
自転車操業の様で決していい印象を与えないやり方だが、こんな風に色々な現場を渡り歩く事で優秀な人材を確保しているのだとしたら…なかなか抜け目ない男なのかもしれない。
彼の映画で一躍脚光を浴びた無名の役者も数多くいるのだから。
だから…今回の仕事を受けた事をバーナビーは後悔した。
素顔を出してはいないとはいえ虎徹の姿をテレビで流す事になってしまったのだから。
可能な限り、独り占めしたかったのに、と。





「あ、お疲れ様です。これ、よかったらお好きなのどうぞ。貴女のおかげですっごく素敵な映像になりました」
顔だけでなく体にまで化粧を施したバーナビーは身支度にも時間がかかるらしく、スタジオ付近の廊下で時間を潰していた虎徹に一人の女性が声をかける。
確か化粧品会社の社員だ。笑みを浮かべた彼女の手元の籠には今日のCMで使われた口紅が何本かはいっている。
「撮影に使用したんでこれからスタッフの女の子たちと山分けなんですよ。あ、予備の方は新品ですから」
「え、あ、俺は…いや、んじゃ、これもらっとく」
余分化粧品なんか不要…と思い断ろうとしたが、すぐに考え直し、手ぢかにあった一本を手に取った。
「お疲れ様です」
「あぁ、おつかれさん」
にこやかに彼女がスタジオに入って行くのを確認した後、そっと手の中を覗きこむ。
これだけは、娘に見つかるリスクを冒しても手元に持っておこう、と…艶やかなオレンジの口紅を握りしめた。










(…さて、どこに隠すかな)












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