惚気







テレビ収録は初めてではない。
初めてではないので判るのだが、控室にはグレードというものが存在する。
流石に大部屋に通された事はないがこの部屋が個室の中でも最高ランクに位置するだろうという事は入った瞬間わかった。まるでホテルの一室だ。御丁寧に夜景まで見える。
シュテインビルトの北に位置するアポロンメディアの中階。
『ヒーローTVスペシャル特別ゲスト タイガー&バーナビー 様』
そう書かれた扉の奥で二人の男が思案していた。



〜鏑木・T・虎徹の場合〜



バニーちゃんってずるいと思う。
つい今しがた部屋を出て行ったスタイリストさんの足音が遠ざかって行くのを聞きながらやけ柔らかいソファーに体を預けて見つめる。バニーは今襟の位置が気になるのか壁に面して張られた鏡を見つめている。
なまじ顔がいいから一歩間違えればナルシストだ。
まぁ彼が外見に拘るのは自分の外見を商品としてとらえているプロ意識によるものだという事はよく知っているけれど。
椅子に腰かけず鏡の前の台に手をつき、覗き込むように鏡を見つめる。
…その体勢に思わず溜息をつきそうになった。
まずバニーちゃんは欧米人らしく、上半身が意外とがっちりとしている。流石にアントニオを比べると細いが背も高いし、骨格もしっかりしていて…要するに男らしい体格な訳だ。
本番前なのでスーツの上着は身につけず、今は赤いシャツとスラックスのみ。
新品の真紅のシャツがバニーが動くたびにその筋肉に合わせて捩れ、シワを作る。なんだか…その、なまめかしい。
ベッドシーツを思い出すというか…いやいや、今は仕事中。しかももうすぐ本番だ。
被りをふって気を紛らわそうとも思ったがやはり目線はバニーにいく。
ここ数カ月で確実に【男】として成長した相棒の後ろ姿。新人だった頃に比べればずいぶんと変わった。
実戦で鍛え上げた体はトレーニングだけでは決して得られないしなやかな筋肉を与えた。
活躍に次ぐ活躍は自身にプライドだけでは持ちえない心の奥底からの自身を与えた。
そして何より…楽しそうに笑うようになった。これは過去の営業用の表情では決して出しえないものだった。
肉体的にも精神的にも限りなく理想に近い形へと今なお進化し続ける男…
まったくずるいぜ、バニーちゃん。






〜バーナビー・ブルックス・Jrの場合〜



虎徹さんはずるい。
正面に置かれた鏡越しに虎徹さんが僕を見ていると気づいて息が止まりそうになった。
気だるげにソファーの背凭れにうつぶせの状態で体を預けながら、いっそ無遠慮なほどこっちをじっと見てる。子供みたいにだらしない座り方だというのにその目はどうだろう、ずるい大人の目をしている。
あんな状態で見つめられ続けてら正気でいる方が難しい。
今すぐにでも近寄って抱き寄せてキスしたいけれど…軽くではあるが化粧をしてもらっている以上本番前にそんな事出来るはずがない。
もしもそれを判った上であんな顔して僕を見つめているのだとしたら憤慨ものだが。
ちらりと気づかれない様に軽く鏡の中の虎徹さんを見つめる。鏡を覗きこむ角度の問題からか視線は少し外れていて、目が合うという感覚は無いようだ。
訝しがられ無いようにと注意しながらその姿を見つめ続ける。
まだ本番前だというのにジャケットもネクタイも、更には帽子までしっかりと身に付けたその姿は正直同性の僕から見ても、カッコイイ。
黒いスーツが包む肢体は10年のキャリアを物語る力強さと使いこまれた鮫革の様な艶を含む。
細く長い手足はいっそ作り物と言った方がしっくりくるのに、人の手では絶対生み出せない奇跡のバランスで体にくっついていて、それが目の前で動く。動作はごく当たり前のものであるはずなのに目が奪われる。いつも見惚れてしまい我に返っては悔しさを感じる。
彼とコンビを組んでから一年以上過ぎたが未だに彼に振り回される気がして仕方がない。視線一つでこのざまだし。
僕は何時も後から気付く。
事件の時ごく自然に僕が動きやすいような行動を取ってくれる。
対人関係のミスも絶妙なタイミングでフォローを入れてくれる。たとえそれが虎徹さんの評価を下げる事に繋がっていたとしても、迷わず。
小さな不安は彼の笑顔が吹き飛ばしてくれた。大きな焦燥は彼の笑顔が包みこんでくれた。
思い返せばそれは彼と最初にあった時から一つも変わっていなくて、いつまで経っても彼に追い付ける気がしない。
こんな偉大な目標が常に隣に立っているという状況はもしかしたらすごい受難ではないのか。
ふとそんな考えが頭をよぎったが、それが幸運以外の何物にも感じないのだから本当、虎徹さんはずるい。






「お待たせしました、お時間です」
軽いノックの後番組のスタッフが顔を出す。
「あぁ、御苦労さん。それじゃお仕事しますか」
「大丈夫ですか、虎徹さん」
「あー…HEROTV以外のテレビ番組なんて久しぶりだからな…」
「収録番組ですから、変な事言ってもカットしてくれますよ」
「…んー、あんまそう言う事言うなよ。緊張感抜けちまうだろ」
「おや、緊張感が大事ですか?」


「ぽろっと口滑らせちまったら、バニーちゃんが赤面しちゃうぜ」
「……ふっ…お互い様ですかね、それは」












(心の内をオブラートに包み、街中に届けてやりましょう)



END




そして14話の冒頭に続く…と言う妄想。






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