Cendrillon−01




「何でこうなっちまったんだよ、あぁ!?」
アポロン社製の特製車内の一室に虎徹の見事な罵声が響き渡った。しかしその声、どう聞いても女性。



「………(激痛の原因は体格変動による手足の長さの縮小だね)」
ヒーロースーツ自体は膨れる事はあっても、硬度の問題上最低サイズより自動的に縮む事は無い。本来ならその必要性もないからだ。
通常サイズのスーツの中で余った足はそれでも自重によって下に向かうが長さが足りない。要するに、股間で引っかかる。
虎徹は不意打ちでの此処への痛みは男女ともに重大であることを自らの体を持って体験することになった。
「いや、男の時にやるよりはましだから女になってて良かったというか、そもそも男のままだったらこんな状態にならなかったというか」
「潰れなくてよかったですね」
「まぁそうだけど…お前その顔でそういう下なネタサラっと言うの止めて。なんか恥ずかしい」
何とか上半身だけを起こした虎徹が隣で腕を組んで呆れている後輩を見上げる。
「………(まずは精密検査だ。検診するからスーツ脱がさないとね)」
「あぁ。しっかし、どうなってんだこれ…」
見下ろす目線の先はいつも通り堅そうなヒーロースーツだが、体が感じる感覚が明らかにおかしい。なんか胸が圧迫されるように苦しい。その癖手足は妙にすかすかと空間がある。ものは試しに片手を胸に持っていく。
むにゅ
「っ…!?」
普段は何ともない様な刺激のはずなのだが妙に気になる、未知の感覚だ。
なんか、中覗くの怖い。
「オジサン、一人じゃ立てないんでしょう?手伝いますから足上げてもらえますか」
自身の体の変化に怯える虎徹の足元にバーナビーがしゃがみこむ。検査機器を準備する斎藤さんの代わりに着替えの手伝いを任されたらしい。
「あ、あぁ…」
恐る恐る足をあげる。太ももがちょっときつかったりあちこち引っかかるたびにまた妙な感覚がしたりと、びっくり体験満載だったが何とかヒーロースーツを脱ぐことには成功した。
ヒーロースーツと異なり元々アンダースーツは能力を使う時の事を考えて伸縮性が非常に高く、体型に適したサイズに変動するため服自体に被害も問題も無かった。
まぁ、あまりにぴったり過ぎてそれはそれで問題があると言えばあるんだが。
「…ちょ、これは…」
「なんと言うか犯罪的ですね」
そういう事言うバニーはやっぱ男なんだなぁ、と思ってオジサンちょっと悲しくなったり。いや、今オバサンか。
眼下に腹が見えない。代わりに巨大な山。うん、山…黒い布がこれでもかと張り付いていていかがわしい事この上ない。
正直ヒーロースーツ脱ぐまではもしかしたら、もしかしたらと希望は捨てずにいた。
俺の顔や体がちょーと変化しているかもしれない。でもそれはほら、手足が短くなったとか、睫毛が長くなったとか、部分的に太っただとか。
それを見事に打ち砕くようにバーナビーが虎徹の眼前に鏡を向ける。
「よかったですね。目立つシワシミは無いようです」
「うん、ピチピチとまではいかないけれど、綺麗なお肌でヨカッタネー…」
茫然自失。
目の前にいるのは化粧っ毛は無いが紛れもなく女の顔だった。


「で、結局俺がこうなった理由は何なんだよ」
「十中八九窃盗犯が発動したNEXTですね。今、斎藤さん過去存在したNEXTの情報から当てはまる能力者がいたかどうか調べてくれてます。犯人を捕まえるのが一番ですが、手掛かりは多い方がいいでしょう」
「犯人…そういや、窃盗犯は…」
「見事に逃げられましたよ。どうやら今までは能力で外見を変えて人混みに紛れていたようです。見つからないわけだ…」
やれやれと溜息をつく。
検査結果が出るまで別室で待たされた二人は紙コップに入れたコーヒーを片手に途方に暮れる。
今の所手掛かりなし。
永久に続く能力なんて聞いた事無いが、存在しないとも言い切れないのが怖い所。NEXTの能力はいまだ未知数。使う本人ですら把握できない事の方が多い。
沈黙に耐えきれず黙ってしまった相棒に口元にコーヒーを持って言ったまま虎徹が話しかける。
「…今回は、『オジサンのせいですよ』とか言わないんだな」
「同じ男としてその状況には絶対になりたくないので。同情で今日は手加減してあげます」
やれやれと言いだしそうな相変わらずの上から目線にコーヒーの味が余計苦くなったような気がした。
だがまぁ現状の自分を自然に受け入れてくれる存在が隣にいると言うのは心強い。一人だったら絶対パニック起こしていた。
しかしバニーがこの状況になったらねぇ…女になったらなったでまた美人なんだろうけれど小生意気そー。
素直な感想を心の中でつぶやいた虎徹にぽつりとバーナビーの声が届いた。
「でも…命に別状がなくてよかった」
ふと漏れたその言葉は何の装飾も気負いも無く。
そう言えば、と思い出す。
倒れた瞬間耳に残ったあの声が。意識を取り戻した時聞こえた、俺を強制的に目覚めさせるような悲痛なあの声が。
「ありがとな、心配してくれて」
「…」
無言で答えないが、無理やりそっぽ向くその態度がバーナビーなりの照れ隠しだと虎徹は知っていた。
「しっかしどうすっかなー、これから。まさか一生このままなんて事にはなんねーだろーな」
楓にどう説明すんだよ、と改めて自分の体を見る。意外といい体かもしれないが。
「その時はお嫁にもらってあげますよ」
「はっ、冗談でも聞きたくねーセリフだな」
鼻で笑って返す。
「…そうですか?」
当然軽口の一つと思って返したが予想外の間と共に意外そうな声かえってきた。
あれ…もしかして今の本気?とバーナビーの顔を見る。眼鏡の反射のせいで瞳が見えず、口元はコーヒーのカップで隠れてる。
「…冗談ですよ」
「だ、だよねー…」
………
またしても妙な沈黙が続く事になってしまった。
この沈黙を破るあの煩いアナウンスが備え付けのスピーカーから聞こえてくるまであと十数分…




(斎藤さん、早く検査結果持ってきて…!)









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