「ねぇねぇ月子ちゃん!こっち来て、見せたいものがあるの!」 「は、はい」 「あ、ちょっと姉さん!月子は僕に会いに来たんだから」 「郁、独り占めは駄目だよ」 「…はいはい」
今日は月子が家に遊びに来ている。姉さんは月子をとても気に入ってるみたいで僕が彼女を家に連れて来るといつも嬉しそうに迎え入れる。 僕の大切な月子と姉さんの仲が良いことは凄く嬉しいことだ。だけど、月子を連れて来る度に姉さんに取られてしまうのは…面白くない。こんなことを二人に話したらきっと子供みたいで可愛い、なんてからかわれるだろうから絶対に言わないけど。
姉さんの部屋へと向かった二人を見送り、一人になったリビングで僕は雑誌を読み始めた。しばらくしたら多分二人は戻ってくるだろう。そうしたらコーヒーと姉さんが買ってきたケーキを用意して、お茶にして――
その時、玄関のチャイムが鳴った。僕が出ようとソファーから立ち上がるよりも早く、二階から人が降りてくる気配がした。すると月子がドアを開けてリビングへと入って来た。
「あれ、どうしたの?」 「星月先生と琥春さんがいらしたみたい」 「え、僕聞いてないよ?」 「有李さんが内緒にしてたみたいで…」 「全く姉さんは…」
頭を抱える僕を見て困ったように笑う月子。それから有李さんがお茶の準備をして欲しいって、と言ったから僕達は二人で用意を始めた。
「月子ちゃん、久し振りね!あと郁も」 「よう、二人とも。元気してたか」
間もなく琥春さんと琥太にぃがリビングへとやって来て、その後ろから悪戯が成功した子供みたいな表情をした姉さんが入って来た。
「ふふ、びっくりしたでしょ」 「突然琥太にぃ達が来た!って言ったからびっくりしましたよ」 「僕はもっとびっくりしたよ」 「それなら大成功だね!」
とても嬉しそうに笑って、姉さんは僕達が用意したコーヒーとケーキをテーブルへと運んで行く。僕達もそれに続いた。
琥春さんと琥太にぃも加わって、リビングはよりいっそう賑やかになる。ちょっとうるさいけど、でもこういうのも悪くないよね。 そう思っていたら郁、と呼ばれた。声がした方を向くと、姉さんが優しい表情で僕のことを見ていた。
「どうしたの?」 「郁は今幸せ?」 「いきなり何」 「誤魔化しちゃ駄目だよ。ねぇ、今幸せ?」 「……幸せ、だよ」
月子がいて、姉さんがいて――大切な人達に囲まれている今が、幸せじゃない訳がなかった。僕の答えを聞くと、姉さんはほっとしたような表情になった。
「それなら良かった。約束、守れたみたいだね」 「約束?」 「そう、約束。郁が今大切な人と一緒にいて幸せなら、私は嬉しいよ」
約束って何のこと、と聞こうとした瞬間、急に僕と姉さんの距離が遠くなった。それはどんどんと遠くなって、そして姉さんの姿が急速に霞んでいく。
どんなに手を伸ばしても、届かない。姉さんの姿が視界から消える寸前――また、会おうねという姉さんの声が、聞こえた気がした。
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