不意にこころが流れ込んできて、やがて一人の女性が映し出される。
「ラグ、あなたの左目の石はお守りよ。あなたが生きるための。あなたが生きていてくれたから、お母さんはあなたのお母さんでいられるの」
今のはラグのお母さんだよね?って事は、これはラグの記憶?
「ゴーシュと一緒に人生を歩いていきたいと思ったんです。誰よりも近くで、同じ物を見て、同じ物を感じたい。彼が傷ついた時は私が支えて、嬉しい時は私も笑って。そんな風に大好きな人と人生を一緒に過ごせたら、それはきっと最高に幸せだと思うんです」
あの時の、私の記憶…。アリアさんときちんと向かい合った日の事だ…。
「ゴーシュ!」
しかし、ラグの声ではっとする。ゴーシュは大丈夫なの!?
「僕なら心配いりません。それより、キャンベルへ行きましょう」
その言葉とは裏腹に、ゴーシュはとても大丈夫そうには見えなかった。あんなに血が出てるのに…。
「レイラ、ロダを手伝ってあげて」
私はレイラにロダの手伝いを頼んで、急いで穴を登った。
「みんなで一緒に引っ張ろう」
レイラとロダと協力して、ゴーシュのマフラーを引っ張り上げていく。
何とかゴーシュとラグを引き上げた時には、もう既にゴーシュの意識はなかった。このままだと、本当にゴーシュが危ない…。なら、私がするべき事は一つ。
「ラグ、これから急いでキャンベルまで歩いて行くよ。私がゴーシュを背負うから」
「リーシャ…」
泣きながらゴーシュにすがりついてるラグへと話しかける。ゴーシュを一刻も早く、お医者さんに見せなくちゃ。
「よいしょっと…」
ゴーシュを背負って歩き出した。意識を失った彼は重たくて、足をゆっくりとしか動かせない。それでも歩かなくちゃ、キャンベルには辿り着かないから。
「リーシャ、大丈夫?」
「クゥーン…」
「そんな顔しなくても、私なら大丈夫だから。レイラとロダも、ね?」
心配そうなラグとレイラとロダに対して、私はにっこりと笑いかけた。本当は大変だけど、ゴーシュを失わないためなら、いくらでもがんばれる。ううん、がんばってみせる!
それから私達は黙々と歩き続け、ようやくキャンベル・リートゥスに到着した。
「サブリナ・メリーさんの家は、ここで間違いなさそうだね」
「ここがサブリナおばさんの家…」
サブリナ・メリーさんの家をまじまじと見ているラグを横目に、私はすっと息を吸い込んで声を張り上げる。
「すみませ…ん…」
ところが、急な眩暈に襲われてしまい、体がバランスを崩してゆっくりと倒れていく。
「リーシャ!?」
ラグの私を呼ぶ声に返事もできず、私はそのまま意識を失ってしまった。ゴーシュ…。
ゴーンゴーン…。
聞き慣れない鐘の音が聞こえて、私は目を覚ました。
「ここは…?」
よく分からないままに起き上がって、部屋の中を見渡す。どこだろ、ここ?
「あ、リーシャ!よかった、目が覚めたんだね!」
「ラグ…」
不思議に思って首を傾げていたら、ガチャリと扉が開いてラグが入ってきた。そして、私は重要な事を思い出す。
「ゴーシュは…?ゴーシュはどこ?大丈夫なの!?」
「ゴーシュなら、お医者さんに診てもらったよ。今はまだ眠ってるけど、もう大丈夫だって」
「そっか、よかった…」
ラグの答えを聞いて、私はようやく安心した。ゴーシュが助かって嬉しく思う。
「ったく、あんたは助けてやったのに、お礼の一言もないのかい?」
「あなたは…?」
喜びに浸る私へと声をかけてきた知らないおばさん。どちら様だろう?
「この人がサブリナおばさんだよ」
「お礼が遅くなってしまい、ごめんなさい。この度はありがとうございました!」
ラグの紹介に、私は大慌てで頭を下げた。ゴーシュの命の恩人に向かって、私はなんて失礼な態度でいたんだ。
「分かればいいんだよ、分かれば。ラグに聞いたよ。嬢ちゃんがあの兄ちゃんを何十キールも担いできたんだって?」
「はい、そうです。ゴーシュは、私の大切な旦那様ですから」
サブリナさんに問われて、私は素直に答える。旦那様か…。他人の前では初めて口にした言葉だけど、何だか恥ずかしいね。
「そうかいそうかい。助かってよかったねぇ。あと、過労で倒れたあんたを一日中看病していたラグにも、ちゃんとお礼を言うんだよ。いいね?」
「はい」
私の返事を聞いたサブリナさんは満足そうに頷いて、部屋から出て行った。残された私は、同じく残ったラグに声をかける。
「ラグ、看病してくれてありがとう」
「リーシャ…」
ラグの目から涙が溢れ出した。私はベッドから降りて、彼の頭を撫でる。ゴーシュにしてもらったように、何度も優しく。
「ほら、今は落ち着いて。ゴーシュが目覚めた時に、二人で一緒に泣こうよ。ね?」
「リーシャも泣くの?」
きょとんとしたラグに向かって、私はいたずらっぽく笑う。
「ラグほどじゃないけどね」
そして、私とラグは顔を見合わせて一頻り笑い合った。
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2010.12.19 up