「ラグ、君はこのヨダカで政府に貢献して、国が発行する通行証を手に入れなければ、ユウサリ地方への橋を渡る事はできません。さらに、首都アカツキへの通行証が与えられるのは、階級ポイントの高い一握りの人間だけなのです」

「だって、ゴーシュだってそれを持って…」

ゴーシュがすっと立ち上がって、ラグの言葉を遮る。

「心弾で、僕の意識や記憶に軽く触れただけでしょう?そのせいで、こんな馬鹿な事を言い出すのかもしれません。その程度では、君には理解できない。分かるはずがない。この、首都通行証の重みはね」

そう言って、ゴーシュは首都通行証を取り出して、ラグに見せた。私も初めて見るゴーシュの首都通行証。

「ゴーシュ…」

ゴーシュが首都通行証を手に入れるために、どれだけがんばってきたんだろう。私には話してくれないけど、彼の様子を見ていれば容易く想像はつく。その重みが詰まった首都通行証。私も持っているビフレストを渡る通行証とは、比べものにならないぐらい重たいんだろうな…。

「僕自身も、アカツキ勤務でさらにポイントを貯めなければ、家族ですらアカツキには入れないのです。妹もリーシャも、しばらくはユウサリで離れて暮らさなくてはなりません」

その言葉に、改めてこれからの現実を思い知らされた。ゴーシュとしばらく離れ離れになってしまう。そして、彼は私達を呼び寄せるために、アカツキでがんばらなくてはいけなくて…。

「じゃあ、どうしてお母さんはアカツキに連れて行かれたの?」

「それは僕にも分かりません。しかし、本当に橋を渡れたなら、そう悲観的にならなくてもいいかもしれない」

ラグの質問の答えは、私にも分からない。ただ、ラグのお母さんはアカツキへ入れるほどの身分の持ち主であろうという事が推測できるだけ。

「でもっ!」

「言ったはずです、ラグ・シーイング。君の事情は僕らには関係のない事。友人のように、君の力になってあげる事はできないのです」

言い募るラグに対して、ゴーシュはきっぱりと言い切った。

「僕たちは…ともだちにはなれないってこと?」

ラグの淋しそうな問いかけ。私達から離れた方へ歩いていくゴーシュの足が止まる。でも、振り返った彼の答えはラグにとって無情だった。

「テガミである君を傷一つ付けず、無事にキャンベルに届ける事。それが、僕らの仕事の全てです」

「きらいだ!お前もテガミバチも、大きらいだ!」

「好きになってもらわなくて結構です。それは僕らの仕事ではありません」

きつい言い方だと思った。でも、事実だからしょうがないとも思う。私とゴーシュはテガミバチで、ラグはテガミ。いくら親しくなっても、絶対に越えられない壁がある。

「さあ、もう眠って。明日はいよいよ、キャンベル到着を目指します。こころと体を休めて下さい」

ゴーシュはそれだけ言って、一人離れた所で横になった。残された私は泣き続けるラグを一瞥してから、ゴーシュの所へ向かう。テガミバチの私では、ラグにかける言葉もないから。

「ねえ、ゴーシュ。これでよかったのかな?」

「…明日は早いのですから、リーシャもしっかり休んで下さい」

私が訊いても、ゴーシュは答えてくれなかった。もやもやとした気持ちを抱えたまま、彼の隣で横になる。やりきれなくて、大きなため息が出てきた。



ふとお腹に衝撃を感じて、目を覚ました。見れば、何故か私のお腹で飛び跳ねているレイラ。

「レイラ?どうしたの?」

私が問いかけると、彼女はついてこいと言うので、後をついていく。すると、そこには誰もいなかった。寝ているはずのラグとロダの姿がなくなっていたのだ。

「レイラ、ラグはどこ?」

私が問いかけると、レイラはあっちに行ったと教えてくれる。

「ゴーシュを起こさなくちゃ!」

私は急いでゴーシュを起こしに行った。

「ゴーシュ起きて!ラグとロダがいないの!」

「本当ですか!?」

私が声をかけると、ゴーシュはすぐに目を開けて起き上がった。すると、レイラが彼の腰に擦り寄る。最初は不思議そうにしていたゴーシュだったけど、何かに気づいたようではっとした。

「しまった、心弾銃を…!?」

見れば、ゴーシュの心弾銃がなくなっていた。どうやら、ラグが持って行ってしまったらしい。私の心弾銃はあるね。

「リーシャ、ラグはどちらへ?」

「レイラが知ってるよ。案内できる?」

私達の会話を聞いていたレイラが、ラグとロダの行った方へ向かって走り出した。



「はあっ…はあっ…!」

先頭を走っていくレイラと、その後を追いかけて走る私とゴーシュ。

「クオンクオン!」

しばらくして、ロダの鳴き声が聞こえてきた。ゴーシュの走る速度が上がる。

「ロダ!」

やっとロダを見つけた。その先には、大きくすり鉢状に開いた穴。あれは鎧虫ブッカーズ!?

「うわああっ!」

ラグの悲鳴が聞こえる。それからのゴーシュの行動は早かった。ロダにマフラーをくわえさせ、ロープのようにして、間一髪でラグを助け出す。だけどその時、ゴーシュは鎧虫の攻撃で右脇腹を負傷してしまった。

「ぐっ…」

「ゴーシュ!!」

「ゴーシュ!?ロダ…。リーシャにレイラも…」

辺りに飛び散る彼の血を見て、恐怖を覚える。ゴーシュが危ない…。早く鎧虫を倒さなくちゃ。もう、大切な人を失うのは嫌だから。

「あ…ああ…」

「落ち着いてラグ!あれはブッカーズという鎧虫です。次を撃つまでに少し時間がかかります。ラグ、銃を構えて。僕が引き金を引きます!」

「ゴーシュ、私がやるから!」

怪我してるのに心弾を撃とうとするゴーシュを止めて、私は心弾銃を取り出して穴の中へと跳ぶ。ふわりと宙に浮く感覚を感じながら、鎧虫の隙間に向けて心弾銃を構えた。

「あれ?いつもより精霊琥珀の力が上がってる?」

集中していく途中で、精霊琥珀の力の上がり具合を疑問に思う。でも、今は心弾を撃つ事に集中しなくちゃ。

「心弾装填、今だ…藤槍!」

心弾を鎧虫の隙間に向かって撃った。そのままの体勢で着地。砂埃で隠れている鎧虫をじっと見つめる。

「やった!?」

砂埃が晴れても未だに動いている鎧虫を確認して、私の顔から血の気が引いていく。

「しまった…!」

鎧虫がゴーシュ達よりも近くにいる私をターゲットにしたのが分かった。私は再度、心弾銃を構える。集中していく内に、また精霊琥珀の力が上がっている事に気づいた。でも、気にしてなんかいられない。

「今度こそっ!…行け、藤槍!」

再び心弾を撃った。でも、焦っているせいか間接の隙間には入らない。振りかざされる頭部の鎌に、私がもうだめ…!と思ったその時だった。

「黒針!」

ゴーシュの心弾が鎧虫に撃ち込まれた。と同時に、私の真横に突き刺さる鎌。今度こそやった!?と思っても、鎧虫はまだ健在で…。三度、心弾銃を構えた。

「ラグは大切なテガミだから絶対にキャンベルまで届けるし、ゴーシュは念願の夢に一歩近づいた、私はもう大切な人を失いたくない。だから、こんな所でやられるわけにはいかないの!」

私はまっすぐに鎧虫を見据える。もう、失うのは嫌だから…!

「いっけぇぇぇ、藤槍っ!!」

そして、心弾銃の引き金を引いた。赤みがかった藤色の心弾が鎧虫へ向かっていく。

「心弾の色が…!?」

驚いてる私をよそに、心弾は間接の隙間に入ったらしく、ぴたりと鎧虫の動きが止まった。やがて、内側から鎧虫が解体されていく。その光景を見て、私は安堵のため息を吐いたのだった。





2010.11.19 up
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