さらに歩き続けて数日が経った、ある日の夜の事だった。
「ゲボマズ…」
ゴーシュからもらった缶詰のスープを一口食べたラグが泣きそうな顔をして呟いた。
「我慢して下さい。他に食料ないんですから」
「ごめんね。私の持ってきた缶詰も、この前全部なくなっちゃった」
「ゲボマズスープ、もうやだー!」
ゴーシュと私に暗にあきらめろと言われ、ラグは駄々をこねた。私もゴーシュからもらった缶詰のスープを食べながら、子供って素直だなーと改めて思う。
しかし、迂闊だった。ケチらずにもうちょっとたくさんおいしい缶詰を買っておけばよかったな。後悔しても今更だけど。
「仕方ありませんね」
それを見たゴーシュが、はあ…とため息を吐きながら、缶詰を置いて立ち上がる。
「ゴーシュ?」
不思議に思った私の問いかけには答えず、彼は後ろを振り返った。そこにいたのはピコピコで。まさか…。
「ゴーシュ」
あれから私達は岩場に隠れて、ピコピコを捕まえるためにタイミングを見計らっていた。
「しっ、静かに」
「ねえ、心弾使えば?」
「肉体の鍛錬も、時には必要なんです。心配ありません。今日こそいただきます!」
そう言って、ゴーシュがピコピコを捕まえようと跳び込んだ。
「あれ?」
不思議そうな彼の声。当たり前だ。肝心のピコピコは少し前方でこちらを見ながら、しっぽを上げているから。うわー、なんか余裕って感じ。
「どおりゃあ!」
あ、今度はラグが跳び込んだ。
「ラグ!?」
「あれ?」
今度は、ラグの不思議そうな声。またしても、ピコピコは捕まえられなかったようで。よし、今度は私もやってみよう。
「えい!」
「リーシャ!?」
「あれ?」
かけ声と共に跳び込んだ私が、その手の中を見てみると何もなくて。結局、ピコピコはどこかへ行ってしまったのだ。
「………ぐすん」
三人揃って悲しみながら缶詰のスープを食べていたら、ロダとレイラがピコピコを捕まえてきてくれた。
「ロダ、レイラ、よくやりました!」
「ロダもレイラもすごいじゃん!」
「レイラ、ロダ、お疲れさま!みんなで食べようね!」
丸焼きにしてみんなで食べたピコピコは、とてもおいしかった。
「おやすみ…」
ラグが眠そうにおやすみの挨拶をしながら、いつものように離れた所へ向かう。
「おやすみなさい」
その後ろ姿を見ながら、私はラグに挨拶を返した。ラグが自分から挨拶をしてくれたのが嬉しくて、思わず笑みが零れる。
「ラグ・シーイング」
不意にゴーシュがラグを呼び止めた。不思議に思って隣にいるゴーシュを見れば、とても優しい顔をしている。
「今夜はとても冷えます。僕、寒いのが苦手で、今夜は僕らと一緒に眠ってくれませんか?」
「別に、いいけど…」
赤くなりながら返事をするラグがとても可愛くて、私はついぎゅーっとしたくなってしまった。でも、我慢我慢。
ゴーシュを真ん中にして、その両側に私とラグはいた。さらに、私の外側にはレイラ、ラグの外側にはロダがいる。空を見上げていたゴーシュが口を開いた。
「思ってた以上に星が明るい。配達はこれ以上なく順調ですよ、ラグ・シーイング。早ければ明日中にも、キャンベルに到着できるかもしれません」
「え?明日?」
「はい」
「もう、この配達も終わっちゃうんだね…」
ゴーシュの言葉を聞いて、私はしみじみと呟く。長かったようで短かったこの配達は、新婚旅行にはならなかったけど、とても楽しかった。ゴーシュが、もうすぐアカツキへ行く事を忘れてしまうぐらいに。
「ラグは、誰かにテガミを書いた事はありますか?」
「ないよ、そんなの」
「では、いつか書いてみて下さい」
「何で?いいよ、テガミなんて」
ゴーシュとラグのやりとりを聞きながら、私は何故かテガミバチになって初めてテガミを配達した日の事を思い出していた。
「たった一言でもいいのです。それでも、それを受け取って、嬉しくて涙を流す人だっているのですから」
あの日、ゴーシュと一緒に私が届けたテガミを受け取った人の嬉し涙。それを見て、私は届けるまでの苦労が報われた気がした。
「たった一言で?」
「離れて暮らす人々にとって、テガミは書く人のこころそのものなんですよ」
そう、テガミには書いた人の大切なこころが込められていると、ゴーシュに教えられた。だから、テガミを届けるのはとても大変な事だけど、受け取った人の嬉しそうな笑顔や嬉し涙は何よりの励みになる。
「クォーン!」
不意にロダの鳴き声が聞こえて顔を上げれば、たくさん降ってくる白い雪のようなものが見えた。
「うわー、きれい…」
幻想的な風景に、思わず声が出る。手を出してそれを取ってみると、何かの綿毛だという事が分かった。あ、ふわふわしてるー。
「ジョゼの白砂漠に咲く、チップ花の綿毛だ。山道も、もうすぐ終わりですね」
これがチップ花の綿毛なんだね。初めて見たよ。本当、雪みたいできれい…。うっとりと空を見上げる。
「光が…あんな遠くに…」
ふと、淋しそうなラグの声が聞こえて、私はそちらに顔を向けた。見えたのは、コーザ・ベルで見た時よりもさらに小さくなった人工太陽の光と、それを立ち尽くすように見つめるラグの小さな背中。
「何がなんだよ。じゃあ、お母さんは?どこにテガミを出せば、お母さんに届くんだよ?キャンベルに着いたら、僕はもう二度とお母さんと会えないんだぞ…」
「ラグ…」
こちらを振り向いて涙を流すラグにかける言葉が見つからず、私はただ名前を呼ぶ。
「これからゴーシュは、アカツキで働くんだろ?だったら、僕も一緒に首都に、アカツキに連れて行ってよ、ゴーシュ。アカツキに行けば、お母さんを連れ去った連中が誰なのか突き止められる。お母さんだって、見つけ出せる。ねえゴーシュ、いいだろ!?」
ラグの話を一通り聞いたゴーシュは、帽子を下げて目元まで隠した。
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2010.10.19 up