それからしばらくの配達と言う名の旅は、鎧虫が出てくる事もなく、とても順調なものだった。まあ、それも当然かもしれない。一昨日、私達がこの辺りの鎧虫を軒並み駆除したんだから。
歩いている途中、私達でも登るには大変な段差がある場所で、ゴーシュがラグに手を差し出した。
「どうぞ」
「………」
ラグはしばらく差し出された手を見ていたものの、その手を取らずに横の道を登っていく。
「残念だったね」
手を取ってもらえなかったゴーシュに、私は後ろから声をかける。まあ、そういう私もラグには似たような態度を取られてるんだけどね。
「自分で歩けるのはいい事ですよ」
「それもそうだね」
私は一人がんばって歩くラグを見つめる。あんまり無言が続くのもあれだし、少し話題を提供してみるかな。
「それにしても、本当にカボチャの形をした山が続いてるね」
「だから、ブルー・パンプキン山脈と名付けられたのでしょう」
辺りを見渡しながら思った事を言えば、ゴーシュからは素っ気ない返答。あう、でも負けない。
「おいしそうな形だよね。ラグもそう思わない?」
「別に」
がんばってラグにも話しかけてみたけど、あえなく撃沈。今回は返事があっただけ、よしとしておこう。
「ゴーシュはおいしそうだと思うよね?」
「リーシャは相変わらずですね…」
ゴーシュにも訊いてみると、彼には苦笑されてしまった。あんなにカボチャそっくりな形をしていたら、ちょっとはおいしそうと思わないのかな?
ある時休憩している最中に、私は大きな鳥が空を飛んでいるのを見つけた。
「ねえ、あれ見て見て!大きい鳥だよ!」
「そうですね」
「うわあ…」
私が空を指させば、ゴーシュやラグも空を見上げる。本当、大きいなー。
「あんな大きな鳥をディンゴにできたら、空を飛んで楽に配達できそう!」
私は大きな鳥を見上げながら、ふと思った事を口にする。そしたら、ズボンをくいくいっと引っ張られたので下を見ると、こちらを見上げているラグがいた。
「レイラが拗ねてる」
ラグに言われてレイラを見れば、そこにはぷんっ!と拗ねた彼女の姿。私は大急ぎで彼女に駆け寄る。
「ごめんね!あなたがディンゴで不満なわけじゃないの。だからお願い、機嫌直して?」
「………」
レイラがこちらをちらりと見たけど、またすぐにそっぽを向いてしまった。ま、負けないもん。
「私のディンゴは、レイラだけなの!」
私の一声で、やっと機嫌を直してくれたレイラをぎゅーっと抱きしめる。
「機嫌直してくれてありがとう。大好きだからね」
ふと顔を上げたら、何故かむすっとした顔のゴーシュと、にやにやしているラグの姿が目に入った。
「二人ともどうしたの?」
「ゴーシュが…むぐっ」
「何でもありませんよ」
私が尋ねたらラグは何か言いかけた。だけど、ゴーシュが彼の口を押さえてしまう。そして、有無を言わせない彼の笑顔。
「変なの」
私はよく分からないまま、首を傾げるのだった。
しばらく歩いていたら、今度は山の上でとても景色のいい場所に出た。
「ここは眺めがいいですね」
「そうだね」
私は景色を眺めるゴーシュの隣に立つ。
「………」
ラグはただじっとその景色を見つめていた。
それから歩き続けて数日、私達は自然に湧き出る温泉を発見した。
「やったー!みんなで一緒に入ろうよ!」
私はそう言いながら、鞄を下ろして、帽子とマフラーを取っていく。
「リーシャ!」
上着を脱いでネクタイを取った所で、ゴーシュに名前を呼ばれた。
「何?」
ブラウスのボタンを外しながら返事をすれば、何故か赤くなるゴーシュの顔。
「あの、リーシャは女の子ですし、後にしたらいかがですか?」
ぽりぽりと頬をかきながら言われた言葉に、私はブラウスを脱いだ所で首を傾げる。
「えー、何で?いつも一緒に入ってるからいいじゃない」
「リーシャ、ゴーシュはほっといて先に入ろうよ」
むぅーと頬を膨らませてゴーシュを見ていたら、横からラグに声をかけられる。ラグを見たら、ちょうど服を脱ぎ始めた所だった。
「そうだね。じゃあ、私達は先に入るから。レイラ、一緒に入るよ」
私はさっさとズボンと靴と靴下、それに下着も全部脱いで、レイラと一緒に温泉へと入る。しかし、残念な事にラグに先を越されてしまい、一番乗りではなかった。私が一番に入ろうと思ってたのに…。
「忠告はしましたからね」
ゴーシュはため息を吐いた後、制服を脱ぎ始めた。忠告って何の事だろう?うーん。考えても分からないし、まあいいか。
「ここ、赤くなってるけど、どうしたの?」
服を脱いでいるゴーシュを眺めていたら、突然ラグに鎖骨の少し下辺りを指でさされる。はっとして、下を見るとそこには赤い痕。
「なっ、何でもないよ!何でもないの…」
「ふーん」
慌てて肩までお湯に浸かって、それを隠す。思い当たる原因は一つ。あの時のあれだ。うっかり思い出してしまい、顔が熱くなる。
「あっ、何すんだよ、レイラ!?」
そんな時、突然レイラがラグにお湯をかけた。ちらりとこちらを見る彼女に、私は助けられた事を悟る。レイラ、グッジョブ。
「お返しだ!」
そう言って、レイラにもお湯をかけるラグ。すっかりこちらを気にしてない様子を見て、私は安堵のため息を吐いた。そして、いつの間にか隣に座っている犯人のゴーシュをじとーっと見つめる。
「もう、知ってたら教えてくれてもいいじゃない…」
「何がですか?」
でも、相手はどこ吹く風といった感じでにこにこしているだけ。むぅー、何だか負けた気がする。
「僕はちゃんと言いましたよ。後にしたらいかがですか?って」
「………」
にっこりと笑って言われた一言に、私は黙り込むしかなかった。
「なあ、ロダも一緒に入ろうよ!」
「クゥークゥー」
ふと声のした方を見れば、今度はラグが嫌がるロダを引っ張って、温泉に入れようとしている光景が飛び込んできた。
「元気だね、ラグ。ロダはちょっとかわいそうだけど」
「そうですね」
ロダには悪いけど、微笑ましい光景にほのぼのとする。
「ところで、何で鞄を頭に乗せて固定してるの?」
「大事な鞄ですから。受取用紙も入ってますしね」
ふと気になった事を質問すれば、何ともゴーシュらしいお答えが返ってくる。
「そっか。ゴーシュの鞄には大事な物いろいろ入ってるもんね。私のはそんなに入ってないけど」
「だからと言って、置きっぱなしもどうかと思いますよ」
納得していたら、ゴーシュに窘められてしまった。
「今度から気を付けるね」
「リーシャはうっかりした所があるから心配です」
「もう、ゴーシュってば!」
ぷいっとそっぽを向いたら、よしよしと頭を撫でられる。私はゴーシュの肩にそっと頭を預けた。
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2010.10.17 up