「ねえ、このせいれいのこはくって、真っ赤なのもある?」
暗くなった雰囲気を打ち消すかのようなタイミングで、ラグから質問がきた。
「赤ですか?虫によって色はいくつも存在しますが、赤はどうだったか…」
「それがどうかしたの?」
私はゴーシュから離れ、ラグに理由を訊いてみる。だけど、ラグからの返事はなかった。
「いけない…。部外者の君にこんな話までするなんて…」
「ゴーシュ、本当に大丈夫?」
疲れたように頭を押さえるゴーシュが心配で、私は声をかける。
「やはり、少し疲れていますね。今日はもう眠りましょう」
ゴーシュはそう言って、火を消しに行った。その後ろ姿からも、疲れている事が伝わってきて切なくなる…。
やっぱり、回復心弾を何としてでも覚えておくべきだったかもしれない。そうすれば、ゴーシュに負担をかけなかったのに。
「ラグ?」
ふと静かすぎるラグが気になった。ただ、ゴーシュの心弾銃をじっと見つめている。
「ラグ、どうしたの?」
私の声が聞こえてないような様子に首を傾げた所で、突然ゴーシュの精霊琥珀が光り出した。
「え、何で?ゴーシュ!精霊琥珀が…!?」
私は咄嗟にゴーシュへ助けを求める。ちょ、どうしよう!?
「ラグ!?」
「うわあああっ!」
「心弾が、装填された!?」
「わああああっ!」
どんどん精霊琥珀の光が強くなっていく。つまり、それだけ力が上がっているわけで…。
「琥珀の力が上がっていく…。いけない、ラグ!銃を捨てるんだ!」
ゴーシュの大きな声に、はっとする。心弾銃を捨てさせなきゃ。精霊琥珀から放たれる光が一段と強くなる中、心弾銃に手を伸ばす。
けれども、私の手が届くよりも先に心弾は撃たれてしまい、私のすぐ横を勢いよく通り過ぎていく。
とその時だった。いきなりこころが流れ込んできたのは。あれ?と思う間もなく、ラグが映し出されて…。もしかして、これは…ラグの記憶?
そこで見えたのは、ラグの記憶、つまり彼のこころの欠片だった。お母さんと二人きりで生きてきた日々。でも、ある日突然にお母さんと無理矢理引き離されて…。こんなのってないよ…。
「ラグ、今までつらかったね…」
滲んできた涙を袖で拭ってから、私はこころを使いすぎてしまったラグを優しく抱き起こした。
「リーシャ!ラグは…!?」
駆け寄ってきたゴーシュに、意識のないラグを見せる。ゴーシュはすぐに弾を入れ替えて、回復心弾を撃った。
「ここは危険です。急いで安全な場所を探さないと…」
「そうだね、行こう」
ゴーシュがラグをおんぶして、早足に歩き出す。私も急いで、彼の後を追うのだった。
歩き続けて半刻。ようやく、ラグを休ませられそうな場所を見つけた。
「この洞窟でいいんじゃない?」
「そうですね。ここにしましょう」
中に入って、まずは明かりを用意。それから寝床の準備もして、ラグを起こさないよう気をつけながら仰向けに寝かす。
両手があいたゴーシュは自分の上着をラグにかけると、私の隣に腰を下ろした。そして、被っていた帽子を横に置き一息吐く。その姿をじっと見つめる私。
「どうかしましたか?」
「傷、ついちゃったね…」
視線に気づいたのか、ゴーシュが問いかけてくる。私はそんな彼の顔に手を伸ばし、先ほどついた傷の近くをそっと触れた。ゴーシュの端正な顔についてしまった痛々しい傷。
「リーシャはどこか怪我してませんか?」
「うん、私なら大丈夫。どこも怪我してないよ」
「それはよかった」
自然と重なる唇。でも、いつものように深くはならず、すぐに離される。
「仕事中ですし、続きは配達が終わってからですね」
「もう…」
耳元で囁かれ、自然と赤くなる顔を隠すように、私はぐっすりと眠るラグに視線を移した。幼い寝顔を見ていたら、ラグが目を開ける。
「ん…」
「動かないで、ラグ。ここは安全です。もう少し休みなさい」
起き上がろうとするラグをゴーシュが止めた。
「僕は…どうなったの…?」
弱々しいラグの問いかけに、ゴーシュが口を開く。
「原因は分かりませんが、精霊琥珀の力が異常に上がってしまい、心弾銃が暴発してしまったのです。アンバーグラウンドには、まだ未発見の精霊琥珀が眠っていると言われています。この辺りの地中に鉱山脈があって、共鳴してしまったのかもしれませんね。心弾にはいろいろな使い方があって、その一つ、心の回復を補助する心弾を君の中に撃ち込みました。実はこれ、僕はあまり得意ではなくて。効いてくれるといいんですけど」
「大丈夫だよ、きっと効くって」
私はゴーシュにそう言って、再び横になったラグへ視線を向ける。
「げへ、うぇへへ…」
「………たぶんね」
何とも微妙な笑い方をしているラグに、私は効いていると断言できなかった。
「おやすみ、ラグ。君はこころを使い過ぎた」
でも、ゴーシュはそんなラグを見て、優しく微笑んだ。今までと少し違う態度に疑問を感じる。もしかして、ゴーシュもラグの記憶を見たの?
「母親か…。あんな感じなのか?ラグのこころに影響されたかな?心配になって会いたくなってしまった、シルベット…」
そう言いながら、ゴーシュは懐からシルベットの写真を取り出した。どうやら、彼もラグの記憶を見たらしい。シルベットの写真を愛しそうに見つめるゴーシュに、私は横から抱きついた。
「早く配達を終わらせて、お家に帰ろうよ」
「そうですね」
ちゅっと彼の頬にキスをすると、私の腰に回される腕。私はゴーシュの肩口に顔を埋めた。
しばらく沈黙が続いていたけど、ふと何かに気づいたらしくぴくりと反応するレイラとロダ。どうかしたの?
「この気配は…」
ゴーシュも何かに気が付いたようで、私を引き離して立ち上がった。そして、帽子を被ってから歩き出す。
「私も行くから待って」
私も急いで立ち上がり、ゴーシュを追いかけていく。
「うわっ、何これ…」
私は洞窟の出入り口から外の光景を見て、驚きのあまり声が出た。降りしきる雨の中、鎧虫の大群がひしめいていたからだ。私達のこころを喰らいつくそうとしている…。
「花火のようにあれだけこころを放出したのですから、鎧虫達が引き寄せられるのも無理はありませんね」
「クゥークゥー」
苦笑するかのように話すゴーシュを心配したのか、ロダが心配そうに鳴いた。
「ありがとう、ロダ。僕は大丈夫です」
そんな彼女に笑いかけた後、ゴーシュは鎧虫の大群をしっかりと見据える。
「ひどい残業ですが、仕方ありません。仕事、ですから」
「ゴーシュ、私も手伝うよ。二人でやれば、早く終わるしね」
私は心弾銃を取り出しながら、ゴーシュの隣に立って彼の顔を見上げた。
「頼りにしてますよ、リーシャ」
「うん、任せて。私だって、やればできるんだから」
顔を見合わせて、私達は笑い合う。お互いの無事を願って、触れるだけのキスを交わした。
「レイラ、今回もよろしくね!」
私はレイラに声をかけてから、雨の降る外へと駆け出ていく。ゴーシュの負担を少しでも軽くするために、がんばらなくちゃ!
→
2010.10.14 up