しばらく私とゴーシュは無言で歩き続け、泣いていたラグもようやく落ち着いてきた頃。
「おい、いい加減おろせよ」
「ちゃんと歩いてくれますね?」
ラグの要望に応えて、ゴーシュは彼を下に降ろした。そして、ばさりと地図を広げたので、私は横から覗き込む。
「さて、これから向かうキャンベルの街は、ヨダカでは最南端の街です。ただ、ルートデータがまだなく、暗闇の程度や鎧虫のテリトリーも不明でして…」
ゴーシュの説明を聞きながら、ブルー・パンプキン山脈を通って、キャンベル・リートゥスへ向かうルートを確認する。
あ、ジョゼの白砂漠の近くを通るんだ。確かあそこって、チップ花が咲いているんだっけ。きれいだというチップ花の綿毛が見えるといいな。
「がい、ちゅう?」
「街と街の暗闇に生息する、とても凶暴で危険な生物です。何しろ彼らは、人間の持つこころに反応し、襲う習性を持っていますから」
ラグの疑問に対して、丁寧に答えていくゴーシュ。やっぱり優しいなー。この優しさが彼の魅力だよね。
「こころ?」
「ええ。そして、鎧に覆われたその体は剣よりも強く硬く、拳銃の弾すら弾き返すほどでして」
「もしかして、あんなヤツ?」
ラグに言われて、私とゴーシュが揃って崖の上を見上げると、そこには確かに鎧虫がいた。
「そう、アレです!アレアレ!」
「って、何でそんなに喜ぶの!?」
「えええーっ!」
嬉しそうに鎧虫ダイキリを指さすゴーシュに、私は思いっきりツッコミを入れる。ラグはというと、目を見開いて驚いていた。
「!」
そんな時、鎧虫が崖の上から飛び降りてくる。はっとしたゴーシュがラグを抱えて大きく後ろへ跳んだ。私も後ろへと跳び、鎧虫を避ける。あんなのに踏みつぶされるなんて、まっぴらごめんよ。
「で、でかい…」
「鎧虫ダイキリです。ずいぶん育ちましたね」
初めて鎧虫を間近で見たらしい感想を漏らすラグに、ゴーシュが鎧虫の名前を教えている。その光景を横目に、私は口を開いた。
「ゴーシュ、あいつは私が倒すから。行くよ、レイラ!」
私のかけ声と共に、レイラが鎧虫に向かって素早く走って行く。私も同じように駆け出した。
「ねえ、やばいよ、あいつ!」
「ご心配なく。レイラが囮となって引き付け、リーシャが鎧虫の弱点である間接の隙間を狙うコンビネーションです」
「だったら、早く何とかしろよ!あいつ、やられちゃうよ!」
ある程度の近くまで到着した。レイラが囮をやってくれてる内に、私は心弾銃を構える。
「これは我々の仕事ですから、少し静かにしていて下さい。集中に欠けると、弾の威力が下がります」
「でもさっき、銃なんか効かないって!?」
「ご心配なく。あれは対鎧虫用の武器、心弾銃です」
心弾を撃つために意識を集中させていくと、精霊琥珀が光り出す。と同時に、鎧虫がこっちに気づいたようで、私の方へ向かってきた。十分に引き寄せて、狙いを定める。よし、今だっ!
「心弾装填、藤槍!」
藤色の心弾が鎧虫の隙間に入って、その内側にこころを響かせた。ばらばらに解体され、地面へと落ちていく鎧虫の鎧。
「お疲れさまです、リーシャ。上出来ですよ」
「ありがとう、ゴーシュ」
ようやく一息吐いた私に、ゴーシュから労いの言葉がかけられた。私はそれに笑顔で答える。ゴーシュに褒められちゃった。やったー!
あれから、私達は適当な場所を見つけて、火を焚いた。そして、今は食事をする直前。
「聞こえたんだって。あのがいちゅうの泣き声っていうか…」
ラグがゴーシュからもらった缶詰を片手に、さっきの鎧虫について話していた。
「泣き声?」
私には何も聞こえなかったから、ラグの言葉に首を傾げる。ついでに、はむっとスープを一口食べた。うん、ゴーシュのあれよりおいしいね。
「鎧虫にはこころはないと、ユウサリの科学者が断言しています。それよりはい、スープ飲んで」
ゴーシュも自分の分の缶詰の蓋を開けながら返事をして、ラグにスープを飲むよう促した。言われるがままに、ラグはぱくりとスープを食べる。
「………うっ、ゲボマズー」
見る見る内に顔が青くなっていくラグ。あ、目に涙が浮かんでいる。あのスープ、やっぱりまずいよね…と思いながら、私はレイラにも自分のスープを分けてあげた。
「うるさい!文句言わずに飲みなさい!」
「へーん、でかい声出しても怖くないもんねー」
ふと、同じようにゴーシュの缶詰が食事として用意されたロダを見ると、なかなか口を付けようとしない。
ようやく覚悟を決めたのか、恐る恐る彼女が一口スープを舐めた。途端に青くなっていく顔。ロダもまずいと思ったのね…。
「見ろよ、ロダもゲボマズだって言ってるじゃん」
あ、ラグが泣いてるロダを抱きしめてる。よっぽど、まずかったんだね…。今でこそだいぶ慣れたけど、私も初めて食べた時は、あまりのまずさに泣きたくなったのを今でも覚えている。あの時、あれは食べ物じゃないと思ったね。
「えっ!?ロダも!?」
「ゴーシュ、あのスープをおいしいという人の方が少ないと思うよ」
驚いているゴーシュに、私はしみじみと呟く。あれをおいしいと言う人は、私の知る限り二人。ゴーシュと彼の妹のシルベットだけ。スエード家の味覚って、実は少し変わってるとか?
「って事は、もしかしてリーシャもですか!?」
「言いたくなかったけど、実はね…。だから、私はこっち食べてるのー。こっちはおいしいよ」
信じられないとばかりに問いかけてくるゴーシュに、私は自分で用意した食べかけの缶詰を見せる。
「ああ!?自分だけいいの食べてる!」
そう言ったラグは私の缶詰を奪って、もぐもぐと食べ始めてしまった。わ、私の大事な食事が…。
「私のスープ…」
「じゃあ、これ食べればいいじゃん」
はいと差し出されたのは、先ほどラグが一口食べた缶詰。私はしょうがないから受け取って、泣く泣く食べる事にした。
「………」
まず、具だけを先に食べて…。うん、なくなったね。それからスープを一気に流し込む。…相変わらずまずいわ。けど、これでスープをクリア。
これが、私なりのあのスープ対策。大好きなゴーシュの側にいるためなら、あのスープだって飲めるようになったんだから。飲めなきゃ一緒に暮らせないよ。
って、いけない。今の口止めをゴーシュにお願いしとかなくちゃ。私ではシルベットには言えないよ、あなたのスープはおいしくないなんて。
「あ、そうだ。ゴーシュ、この事はあの子に内緒にしておいてね?」
こちらを見ているゴーシュに、私はウインクしながらお願いしておいた。
「仕方ないですね」
「あの子?あの子って誰の事だよ?」
私の缶詰を食べ終わったらしいラグが話に割り込んできた。その声にくらっときて、頭を押さえる。
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2010.10.09 up