「どうして、僕の名前を知ってる!?お前らも、あの光に向かってお母さんを連れ去った連中の仲間か!?」
「あの光?」
「それって、人工太陽の事?」
ラグの言葉に、私はきょとんと首を傾げた。ちらりと小さく見える人工太陽に視線を向ければ、ここから遥か遠くにある事が分かる。
「君の母親が、首都アカツキに連れて行かれた?」
「お母さんを返せ!返せよ!」
必死なラグの叫び。なんか、訳ありな感じだね。まあ、私には関係ないけど。
「何があったか知りませんが、君のこころはまだ回復してないようですね。君の名は左肩に添付されている配達用紙で確認しました」
言い終えるなり、ゴーシュがすっと立ち上がった。私も慌てて立ち上がる。
「はいたつようし?」
「品名、人。アルビス種。7歳の男。割れ物。ラグ・シーイング」
左肩を確認するラグに向かって、ゴーシュは淡々と配達用紙に書かれている事を読み上げていく。
「いつもは紙のテガミを運んでいますが、どうやら今回は人間。君のようです」
「何の事だ!?お前らは…」
「BEEという職業を知りませんか?僕らの仕事は、アンバーグラウンド国家公務郵便配達員BEE。通称テガミバチ」
「テガミバチ…?」
状況が未だに理解できてないだろうラグに、ゴーシュはさらに説明を続ける。私はというと、なかなか口を挟むタイミングが見つからなくて黙っているしかなかった。
「首都を除いたこの国の街から街へ旅をし、どんな危険も厭わず、国民の大切なテガミをお届けする。それこそが、テガミバチの仕事なのです!」
「ゴーシュ、かっこいい!」
きっぱりと言い切る姿がかっこよくて、私は思わずゴーシュに抱きついた。
「って、これ、一応マニュアル台詞なんですけどね」
ゴーシュは苦笑しながら、私を引き離す。当然、引き離された私はおもしろくなくて、むぅーと頬を膨らませた。
「リーシャ、今は仕事中ですよ」
「…はーい」
だけど、ゴーシュはそんな私を窘めた後、ラグの方へ向き直る。
「とにかく、大体の状況は分かっていただけましたか?」
その言葉と共に、にっこりとラグに笑いかけた。うん、やっぱり笑うと素敵だよね。ゴーシュの笑顔は、何度見ても大好き。
「君の配達用紙、切手料金に不備は見当たりません。よってこれより、君を配達物と見なします」
「え?」
「ですから、君自身の事。つまり、テガミの内容など僕らが知る必要はありませんし、知った事ではないのです。興味もないので、話さなくて結構ですよ」
ラグを見れば、当然のように不機嫌になっていた。こんな状態でこれから大丈夫かな?と、一抹の不安がよぎる。
「では、行きましょう、ラグ・シーイング。君の宛先へ」
しかし、ゴーシュはそんな事お構いなしと言わんばかりに、ロダと一緒に歩き出した。
「ゴーシュも行っちゃったし、私達も行こう。ね?」
というわけで、残された私は同じく残されたラグの手を取って歩き出す。
「ふん!」
ところが、ラグは私の手を振り切って、そっぽを向いてしまった。気に入らないと雰囲気が物語っている。
「………」
私はそんなラグに対して、どうしようかと思案してると、後ろから足音が聞こえた。振り向くと、先に行ったはずのゴーシュが戻ってきている。
「うわああ!離せよ!」
「ご心配なく。仕事ですから」
どうするのかな?と思って見ていたら、ゴーシュはラグを肩に乗せて、そのまま歩き始めた。私もゴーシュの後を追いかける。
「誰がお前の心配なんか!離せよ!僕をどこへ連れて行くつもりだ!?」
「宛先は、ヨダカ地方南部、624137−22、キャンベル・リートゥスの109番地、サブリナ・メリー様宛です」
ラグの問いかけに対して、ゴーシュは手元の配達依頼用紙を見ながら淡々と答えた。
「サブリナ!?昔近所に住んでたおばさんだ…」
どうやら、宛先の人はラグの知り合いらしい。
「それから、配達依頼主。つまり、テガミを出したのは、アヌ・シーイングという方です」
「お母さん!?」
差出人の名前を聞いた途端、ラグが弾かれたように顔を上げた。
「うそだ!?そんなわけないだろ!こいつ、このっ!」
そして、ゴーシュの頭をげんこつで思いっきり叩き出す。うわー、痛そう…。
「いた、いたたっ…」
「ゴーシュ、大丈夫!?」
案の定、痛がっている様子のゴーシュ。私じゃなくてよかったと思ったのは、ここだけの秘密にしておかなくちゃ。
「あいつらが、全部…!あいつらの仕業…!」
ラグは未だにゴーシュの頭を叩き続けている。
「やめなさい、ラグ・シーング。さっきも言ったように、テガミバチがテガミの内容の盗み見するわけにはいきません。その話は宛先に到着してから、大いに語っていただけば…」
あ、やっとラグの動きが止まった。
「光の方から、悪いやつらが来たんだ…。お母さんが、…わけがない。お母さんが僕を…ずてだりじない…。ずるもんか…」
「………」
ついにはラグが泣き出してしまったけど、ゴーシュは何も言わない。もちろん、私に何か言えるはずもなくて。
ただ、冷たい風が一際強く吹いて、私達のマフラーをはためかしていく。小さな人工太陽の光は、変わる事なく首都のみを照らし続けているのだった。
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2010.10.08 up