あれから一週間が過ぎた。今日は、マナを雇い続ける事の有効性を証明するために与えられた期限の最終日。しかし、夢を繋ぐために配達へ行ったゴーシュは、未だ戻って来ていなかった。
「博士、残り時間は?」
「あと半刻」
不安そうなマナの問いかけに、博士が静かに答える。私は彼女の手をそっと握った。
「やっぱり間に合わないのかな?」
「スエードを信じろ」
「え?」
「あいつは無理を承知で配達に挑んでくれた。だったら最後まで信じてやるのが、礼儀なんじゃないか?」
「博士…」
あきらめかけたマナにかけられる博士の言葉。本当に、心の底からゴーシュを信頼しているのが伝わってくる。
「そうだよ、マナ。ゴーシュを信じてあげて。ゴーシュなら絶対大丈夫だから」
「リーシャ…」
私からもマナに話しかける。今は、誰よりも彼女にゴーシュの事を信じてほしかった。
不意にガチャリと扉の開く音がして、私達がそちらを見る。そこに立っていたのは、待ち望んでいたゴーシュだった。
「スエード!」
「ゴーシュ!?」
「おかえりなさい!」
私は真っ先にゴーシュの所へ駆け寄る。
「お待たせしました」
「テガミは?無事に届けられたか?」
「それがテガミバチの仕事ですから。これが、ホイットマン博士からの返事です」
ゴーシュは誇らしげに笑ってから、鞄からテガミを取り出し、博士に手渡す。受け取った博士が封を開けて、中身を読んでいく。
「マナ、委員会を再召集してもらうぞ」
「え?それじゃあ…!」
テガミを読み終えた博士の言葉に、マナの顔が嬉しそうに輝いた。マナ、よかったね。
「スエード、ありがとう。マナ、行くぞ!」
ゴーシュの手を握った博士はそう言うなり、すぐにマナを連れて部屋から出て行った。これでマナは大丈夫。問題はゴーシュだ。
「お疲れさま、ゴーシュ。大丈夫?」
部屋に残った私は、同じく残っているゴーシュに声をかけた。とても疲れた顔をしている彼に、私は何ができるだろう?
「リーシャ、少し休ませて下さい…」
「もちろんだよ。よかったら、私の膝使って?」
ふらふらと歩くゴーシュを支えながら、私も歩いていく。
「それは嬉しいですね…」
そして、私がベッドに座って膝枕を準備したら、ゴーシュはばたりと倒れ込むようにして横になった。十日間もかかる道のりをわずか七日で往復してみせるなんて。本当、仕事に関しては無理も無茶もお構いなしなんだから。
「ロダも少し休みましょう…」
ぺろぺろとゴーシュの頬を舐めるロダに、彼が声をかけると、彼女もその場で横になった。二人ともお疲れさま。ゆっくり休んでね。
しばらくして、ガチャリと扉の開く音がする。そちらを見れば、嬉しそうなマナと博士がいた。
「ゴーシュ!ありがとう!あなたのおかげで、またハチノスで働ける事になったわ!…ゴーシュ?」
「疲れて寝ているの。静かにしてあげて?」
返事のないゴーシュを疑問に思ったであろうマナに、私は彼が寝ている事を伝える。
「マナ、気持ちよく目覚められるポプリと疲労回復に効くハーブティーを用意しておいてくれ」
「はい!」
博士の言葉を聞いて、嬉しそうにマナが部屋から出て行った。彼女ならきっと、とても効果のあるポプリとハーブティーを用意してくれるに違いない。
「よかったね、ゴーシュ」
私は気持ちよさそうに眠るゴーシュの頭を優しく撫でた。
「ここは…」
「博士の研究室だよ、ゴーシュ。おはよう」
目を覚ましたゴーシュに、私は笑顔で声をかけた。寝起きのゴーシュも相変わらず素敵。
「おはようございます、リーシャ。…マナは!?」
最初は私に釣られて笑顔のゴーシュだったけど、途中で慌てて起き上がる。
「またハチノスで働けるようになったって、嬉しそうにゴーシュへお礼を言ってたよ」
「それはよかった」
マナの解雇が撤回された事を伝えれば、ゴーシュはほっとしたように笑った。
「ゴーシュのおかげだね。お疲れさま」
「リーシャ…」
見つめ合い、ゴーシュの手が私の顔を引き寄せた。自然と唇が重なる。目を閉じてしばらく深いキスをしていたら、不意にガチャリと扉が開く音が聞こえた。
「!?」
私は慌てて目を開けて離れようとする。でも、ゴーシュががっちりと私の頭を手で押さえてるから、離れたくても離れられなくて…。
「フィゼル、スエードは目覚めた………」
中に入ってきた博士とばっちり目が合ってしまった。き、気まずい…。
「………邪魔したなと言いたい所だが、ここは私の研究室だ。いちゃつくなら解剖するぞ」
わざとらしく咳払いをした博士の言葉を聞いて、ようやくゴーシュが解放してくれた。私は見られた恥ずかしさで俯く。
「往復十日の距離を七日で行ってきたんですから、少しは気を利かしてくれませんか?」
私を抱き寄せて喋るゴーシュを見て思った。いつぞやの彼の言葉じゃないけど、博士と対等に渡り合うなんていい度胸してるよ。
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2010.09.24 up