マナのお話が中断され、私の回想もそこでストップする。私はゆっくりと目を開けた。

「これは…?」

マナが火災事故で焦げてしまった一冊のノートをラグに差し出した。受け取ったラグは不思議そうな顔をしている。

「私が、アンバーグラウンド生物諮問機関に入る前から書き留めていたノートよ。花の特性や薬草の効能を独学で調べて記録しておいたの」

「すごい!びっしり書き込まれてる!」

ラグがパラパラとノートをめくるのを横から見ていたコナーが驚きの声を上げた。私もかつて見せてもらった時は驚いたと同時に納得もしたっけ。これだけ研究熱心なら、博士もマナを気にかけるわけだと。

「ただ、そこに書かれてる事に科学的な裏付けは何もなかったの。その頃の私にはそれを証明する知識がなかった。でもね、三人はあきらめなかった。最後まであきらめずに、私の夢を繋いでくれたの」

「三人って事は私もその中に入ってるんだね、マナ」

マナの話を聞いてて、私は思わず口を出した。いくらゴーシュと一緒にいて一部始終に立ち会ったとは言え、私が彼女の夢を繋ぐ事に役立ったとは思ってなかったから。

「当たり前じゃない。リーシャが側にいてくれたから、私は励まされたのよ」

しかし、そんな私の考えはマナにあっさり否定された。こんな私でも彼女の役に立っていた事実が嬉しくて顔が綻ぶ。そして、マナの話が再開され、私は再び目を閉じた。



事故調査委員会の委員長に無茶な提案をされて、委員会は終わった。

「まさか、のこのこ戻ってくるとは…」

「驚きましたな。せっかく彼女の研究予算を削れると思っていたのに」

「しかし、委員長のおかげで彼女をクビにする口実ができました。一週間で研究成果を証明するなんて、まず不可能ですからね」

「これで彼女に引導を渡したも同然だ」

退室していく委員達の理不尽な言葉を、私達はただ黙って聞いているしかなかった。

しばらく無言の沈黙が続く。それを破ったのは、マナの悲しい発言だった。

「仕方ありませんよ。何の成果も出していない者を雇い続けてもお金の無駄ですから」

「マナ・ジョーンズ…」

「マナ…」

無理に明るく振る舞う彼女に、かける言葉が見つからない。せっかく、博士のこころが彼女に届いたのに。

「博士、何とかならないんですか?何とか彼女を救う方法はないんですか?」

「一つだけ、方法がない事はない」

ゴーシュの問いかけに、博士が渋々と言った感じで口を開いた。

「方法があるんですね、博士!」

私が顔を明るくして訊いても、博士の顔は暗いままだ。

「話はマナを医務室に送ってからだ。詳しくは私の研究室で話す」

そう言って、博士はさっさと出て行ってしまった。その方法には、何か問題でもあるのかな?



マナを医務室に送ってから、私とゴーシュは博士の研究室に来ていた。

「ホイットマン博士?」

博士から差し出された分厚い本。ゴーシュが受け取って中を開く。それを横から覗き込むと、そこには気難しそうなおじいちゃんの写真が載っていた。あ、下にホイットマン博士って書いてある。

「ホイットマン博士は、長年薬草や植物の研究に取り組んできた第一人者だ」

「マナ・ジョーンズと同じ研究…」

「ああ。かつてはアンバーグラウンド生物科学諮問機関にも所属し、その功績から名誉博士の称号を贈られている、その道の権威だ。もっとも今は、現役を退いているがな」

それを聞いたゴーシュが本の中のホイットマン博士をちらりと見やる。

「マナの研究には、確かに裏付けがない。だが、もしホイットマン博士がマナの研究を認め、推薦してくれたらどうだろう?」

博士の言葉に、ゴーシュの顔が輝いていく。

「当然、委員会も認めざるをえない。早速ホイットマン博士の元へ行ってみては?」

「無理だ」

博士は嬉しそうなゴーシュの提案をすぐに否定してしまった。

「何故です?」

「ホイットマン博士が今住んでるのは、ユウサリの南端の街サハラだ。どんなに急いでも、往復で十日はかかる」

「え?」

「委員会に与えられた猶予は一週間。到底間に合わない」

理由を聞いて、私もゴーシュも呆然とするしかなかった。だって、往復十日の距離って事は、どんなに急いでも間に合わないわけで。

「僕が行きます」

「え?」

「ゴーシュ?」

不意に聞こえたゴーシュの言葉。最初は聞き間違いだと思ったけど、続けられた言葉にそれは否定される。

「ホイットマン博士宛に、嘆願書を書いて下さい。僕がマナのノートと一緒に届けますから」

配達を志願するゴーシュの顔は、テガミバチとしての誇りを持っている顔だった。

「いくらお前でも無理だ。それに、ホイットマン博士は気難しい性格で有名だ。マナの研究が認められるかどうかだって…」

珍しく気弱な博士の言葉。私が何か口出しできる雰囲気じゃなかった。きっと、ゴーシュと博士にとって、今の私は空気のような存在なんだろう。私を傍観者にしたまま、話は進んでいく。

「では、何故僕に話したんです?」

「それは…」

ゴーシュに訊かれて、博士は理由を答えなかった。いや、答えられなかったのかもしれない。

「僕ならできるかもしれない。そう思ったからでしょう?博士、僕に行かせて下さい」

その理由をゴーシュが明かしていく。そして、彼は自信に満ちた顔で改めて、自分が配達に行く事を博士に頼んだ。

「スエード…。頼んだぞ」

博士はそれだけ言って、嘆願書を書きに行った。残された私は、隣に立つゴーシュをじっと見つめる。

「ねえゴーシュ、本当に大丈夫なの?」

「僕なら大丈夫ですよ、リーシャ。心配いりません」

ゴーシュは私を安心させるようににっこりと笑った。ほのぼのとした雰囲気が流れる。しかし、それもゴーシュの次の一言を聞くまでだった。

「ところで、今日の配達に行かなくていいんですか?」

「…配達?」

言われて、しばらく考え込む。配達って、なんかあったっけ?そして、思い出した。

「あ、配達行くの忘れてた!」

私、配達行かなきゃいけなかったんだ。マナのお見舞いの後で行こうと思ってたのに、すっかり忘れてたよ…。

「全く、リーシャは…」

「ごめんなさい」

本日二度目になるゴーシュの大きなため息。私はまたも謝るしかなかった。

「リーシャは僕の心配よりも、自分の配達をきっちりこなして下さいね?」

「はーい」

ゴーシュの有無を言わせない笑顔に、私は大人しく返事をする。

「気を付けて行ってきて下さい」

「ゴーシュも気を付けてね」

私を気遣う彼の言葉に、胸が切なくなった。これから大変な配達に行くというのに、まだ私を気遣ってくれるなんて。優しすぎるよ、ゴーシュは…。

「では、また一週間後に」

その言葉と共に、ゴーシュは私に軽く触れるだけのキスをしてくれた。愛されている実感に、暗くなりかけた気持ちが消えていく。

「うん、またね。じゃあ、行ってきます!」

そして私は、ゴーシュに笑顔で挨拶をしてから、今日の配達へ行くために急いで駆け出した。





2010.09.23 up
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