翌朝。私がハチノスに出勤してから、今日配達するテガミを受け取って廊下を歩いていたら、途中でゴーシュが壁にもたれかかりながら立っていた。

「おはよう、ゴーシュ!」

「おはようございます、リーシャ」

急いで駆け寄って挨拶すれば、ゴーシュは優しい笑顔で挨拶を返してくれる。

「それより、こんな所でどうしたの?」

いつもはすぐに配達へ行くゴーシュが、まだハチノスに残っている事が珍しくて、私は首を傾げながらゴーシュに質問した。

「マナの所へ行くんですが、リーシャも一緒に行くだろうと思って待っていたんです」

返された答えは、私には嬉しい予想外で。自然と笑顔になるのが自分でもよく分かった。

「うん、行く行く!待っててくれてありがとう」

「どういたしまして」

待っててくれたお礼を言ってから、私はゴーシュと並んで医務室へと歩き出した。

「そう言えば、配達はいいの?私は後から行く予定だけど」

「実は、マナへの配達があるんですよ。今朝博士からテガミを託されました」

にこにこと喋るゴーシュを見て思う。やっぱり、ゴーシュは信頼されてるんだね。

「博士のこころ、マナに届くといいね。ううん、必ず届けようね」

「もちろんです」

がんばる決意を口にしたら、ゴーシュもしっかりと頷いた。



コンコン。

「はい」

ゴーシュが扉をノックすると、中からマナの声がした。思ったよりも元気そうな声で、ひとまず安心する。

「こんにちは」

「マナ、大丈夫?」

私とゴーシュはマナのベッドの側まで歩いて行き、彼女に声をかけた。

「ゴーシュ。それに、リーシャも…。もしかして見舞いに来てくれたの?」

目を閉じたままのマナが、少しだけ嬉しそうな顔をする。

「心配したんだよ。昨日は来ても面会は無理ですって言われちゃうし」

「ごめんなさい…」

昨日面会にできなかった事を言うと、マナが落ち込んでしまった。

「全く、何やってるんですか」

その様子を見ていたゴーシュが呆れたようにため息を吐く。

「あう、ごめんなさい」

「しばらくリーシャは黙っていて下さいね」

しゅんとして謝る私に向かって、ゴーシュはしばらくの間私の口出しを禁じた。こんなつもりじゃなかったのに。

「すみません、マナ。今日はお見舞いに来たのもありますが、配達も兼ねてて」

「配達?」

ゴーシュが鞄からテガミを取り出し、マナに差し出した。

「博士から、君宛のテガミです」

「いらない。彼に返して!私の目がこんな風になったっていうのに、なんて無神経で…!」

マナは博士からのテガミだと聞いた途端に、受け取りを拒否してしまった。聞いた話によると、昨日博士に役に立たないなら切り刻んでやると怒鳴られたらしいし、博士のこころを彼女に届けるのは大変そう。

「待って下さい。突き返すのは簡単ですが、せめてテガミの封を切ってからにして下さい」

「でも…」

マナと目の高さを合わせ、ゴーシュは彼女を説得していく。私にはできないよ、あんな風に説得なんて…。

そっか。だから博士は、私じゃなくてゴーシュにテガミを託した。彼ならマナを説得できるから。

「大丈夫。君にも分かるテガミです」

改めてゴーシュに差し出されたテガミを、マナが受け取って封を切っていく。その姿を見守る彼の顔は、とても優しげで。口出しを禁じられた私は、ただ見ているしかなかった。

「これは、エリンシード…」

テガミの中に入っていた小瓶の中身を、匂いを嗅いだだけで当てたマナ。彼女には嗅覚という才能があるという博士の言葉は本当だったんだ。

「どうして博士がこれを…?」

マナはそこまで言って、はっと顔を上げた。何か気づいたのかな?

「博士はあの時の事を…」

「博士が言っていました。君にはまだ嗅覚という素晴らしい才能があると…」

何かを思い出して泣き始めてしまったマナに、ゴーシュが優しく声をかけた。

「え?」

「マナ・ジョーンズ、君は確かに視力を失った。でも、心の目で見直すべき人がいるんじゃありませんか?」

顔を上げたマナはエリンシードの入った小瓶を両手でぎゅっと握る。

「私、またハチノスで働きたい…。博士の元で今度こそ、この研究をやり遂げたい!」

決意を語るマナを見ていたら、ゴーシュにもういいですよと言われた。つまり、私はもう喋っていいって事で。

「行こう、マナ。博士の所へ」

「そうですね。今ならきっと間に合う。急ぎましょう」

私とゴーシュはマナの手を取って歩き出した。急いで博士の所へ行くために。



マナの火災事故調査委員会が開かれている部屋の扉をゴーシュが開ける。

「待って下さい!」

「マナ…」

「博士。ごめんなさい…。私、博士の事誤解してました」

「遅いんだよ、気づくのが」

私達の中に流れる暖かい雰囲気。博士のこころがマナに届いたから。ううん、ゴーシュがしっかりと届けたから。

「お願いします!もう一度ハチノスで働かせて下さい!」

そして、マナは委員会の人達に頭を下げた。

「しかし、君はもう…」

「たとえ目が見えなくても、私にはまだ嗅覚が残っています!」

「私からもお願いします。もう一度彼女に、チャンスを与えてやって下さい」

マナと博士の二人からの嘆願に、委員会の人達は顔を寄せて話し合いを始めた。その様子をじっと見つめる。



トントン。

しばらくして、委員会の再開を告げる音が部屋に響きわたる。

「マナ・ジョーンズ」

「はい」

「君の前向きな姿勢に免じて、火災事故の責任は不問とする」

それを聞いて、ほっとして顔を見合わせた私達だったけど、その後に続けられた言葉は無情だった。

「しかしだ!今後君は、アンバーグラウンド生物諮問機関に貢献する自信はあるかね?」

「え?」

「少なくとも、君はこれまで何の実績も残していない」

「なおかつ、君は視力を失ってしまった」

畳みかけるように言われ、マナは何も答えられなかった。

「ふふふっ、はははははっ」

「委員長?」

「皆さん、はっきり言ったらどうです?成果の期待できない人間を雇う余裕はないと」

突然笑い出した委員長の言葉に、他の委員会の人達は一様に委員長から顔を背けた。それはきっと、これが委員会の人達の本音だから。

「マナ・ジョーンズ、君のやる気は認める。しかし、これが我々の本音だ。そこで一つ提案がある。君の研究に投資する価値があると、証明できる物を提出してもらいたい。ただし、期限は一週間。それで我々を納得させる事ができなかった場合、ここを出て行ってもらう」

「そんなの無茶だ!たった一週間でなんて…!?」

委員長からの無茶な提案に博士が反論しようとする。

「これでも最大限譲歩したつもりだよ、サンダーランドJr.。チャンスは与えた。さあ、どうするかね、諸君」

しかし、委員長にそれが届くはずもなくて、私達はただ立ち尽くすのみだった。





2010.09.21 up
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