「本当にいたのだ!物の怪が……!」
「へえ、その少女が物の怪ねぇ……。近くの邸に住む女童(めのわらわ)とかではなかったのか?」
衛門府に戻ると、肝試しの結果を待っていた同僚が数名いたので、少年は自分が体験したことをありのまま話した。
するとにわかには信じられないと思ったのか、同じ左衛門尉の一人が少年に確認する。
「あのあたりにはあまり邸がない事を、そなたも知っているだろう」
「 そうだったな。ふむ……露骨な物の怪でなくて良かったじゃないか」
「露骨、とは?」
「例えば顔の肉が削げ落ちた老婆であったり、首のない武士(もののふ)であったり」
少年がひぃ、と声を上げ、わなわなと身を震わせた。
「そなた、よくそのように恐ろしい事が言えるな」
「別に物の怪と言ったら、取り憑かれてもおかしくは無いのだぞ。ほら、そなたの後ろに先ほどの白い稚女(おさなめ)が――」
「うわあああっ」
にやつきながら後ろに指をさすと、少年は振り向きもせず物陰に隠れた。
それはまるで野分の風にさらわれたような素早さで、それほどまでに怖いのかと同僚たちは腹を抱えて笑った。
「呆れるな、それで左衛門尉が務まるのか」
「うるさい、怖いのだから仕方ないだろう」
「そなたには立派な太刀があるだろう。ほら、除目の際、父君から頂いたという……」
少年ははっとする。
確かに、左衛門尉という官位を得たとき、父親から新しい太刀を貰った。
貰ったのだが。
その感触を思い出そうと手を腰にまわしても、一向に柄に触れる気配はなかった。
「……太刀が、ない!先ほどまで腰に刷いていたのに、鞘のみになっている……!」
出仕した時や巡回に出かけた時は、持っていた。
物の怪邸にいた時も、持っていた。
だが、帰ってきたらなくなっていた。
「物の怪邸に落としてきた……?」
「はぁ、間抜けにもほどがあるぞ。太刀を落とす馬鹿がいるとは……」
大事な太刀を忘れてきたとあっては、今日は帰れない。
父親に知られてしまったら勘当ものだ。それほど大事にせよと頂いたものだったのだから。
まさかまた、あの邸へ行かなければならぬとは……。
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