月夜白拍子
 

 ここはどこだろう?

 夜半過ぎに邸を初めて抜け出した。それがいけなかったのだろうか。
 満月が煌々と照らす夜道は思っていたよりも歩きやすく、歩を進めるのを手伝う。
 邸の周りをぐるりと一周して帰る手筈であったのに、裏手にあった森が目に入って気が変わってしまった。

 道なき道を歩き続けて、どれほど経っただろうか。
 ふと我に返ると、右も左もよくわからなくなっていた。振り向いて後ろを見るが、同じように木々が並んでいるだけ。
 前を向いたつもりだったのに、自分が今、どの方向から来てどの方向へ行こうとしていたのかすらわからなくなってしまった。
 途端に恐怖が湧き上がる。忙しなく辺りを見回し、帰るための手がかりを探す。
 どこかできいたことのない鳥の鳴き声がし、風がざわざわと騒ぐ。早鐘を打ち始めた心の臓を押さえ、おぼつかない足取りで歩き出した。

 どのくらい歩いたのかわからなくなって来た頃、涙で滲む視界にふと、灯りがよぎった気がした。弾かれたように彼女は顔を上げ、光源を探す。
 前方に、提灯らしきぼんやりとした灯りがあった。
 涙を拭う暇すら惜しく、一直線にそれを目指す。


 そこに、いたのは。


 美しく舞う、ひとりの白拍子。大人びた表情はひどく妖艶で、気高い。翻す蝙蝠に月が透け、緩く結われた長い髪が背で跳ねている。
 見たこともないほど真っ白な小袖に水干。緋のような紅の単、長袴。地面に触れて汚れてしまわないようにと敷かれたのであろう御座の上で、白拍子は舞っていたのだ。
 思わず、息を止めて魅入ってしまった。それほどの魅力が、その白拍子にはあった。
 邪魔をしてはいけないと本能的に悟り、近くにあった木の幹に隠れながらも舞いを夢中で見続ける。
 しばらくの間、朗々と歌いながら舞っていた白拍子は持っていた蝙蝠を閉じ、隠れた彼女のいる木の幹に向かってお辞儀をした。飛び上がらんばかりに驚いた彼女は屈みこみ、身を小さくする。


「別に隠れなくてもよかったのに。観客がいたほうが、練習もはかどるし」


「えっ」


 突然のことに、声を漏らしてしまった。慌てて口を両手で抑えるが、もう遅かった。地面を踏む音がし、白拍子がこちらへ向かって歩いて来るのがわかる。


「出て来てよ。ちょうど話し相手が欲しかったんだ」


 男とも、女とも判別のつかない中性的な声。まるで琴の音のように耳に馴染む。
 黙っていても、白拍子がずっとこちらを見ているのはなんとなくわかった。観念しようと瞼を開くと、目の前には緋色の長袴。



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