君をわすれじ
 



 次の日、天には前日の崩れが嘘のように目を見張るほどの晴天が広がっていた。
夜中にやはり吹雪いたようで、新雪が積もり前日より雪の丈が伸びている。三条邸でもやはり同じくような様で、屋敷の中では積もった雪にはしゃぐ少女が一人声を上げていた。


「明石!雪がふえたわ!」


 その声の主は、ぱたぱたと足取り軽く簀子に走り出てきた。
振り分け髪に袙衣姿、雪に心躍らせ好奇心旺盛な瞳で雪を見てはしゃぐ姿は、実に可愛らしい。


「そうですね。沢山積もりましたわ」


 少女に続いて廂から出てきた明石と呼ばれた女性――明石弁は、庭に降り積もった白銀のそれに眩しそうに目を細めた。雲間から覗く日の光に当てられ、きらきらと真珠のように輝いている。
 するとそれを雪の輝きに負けんばかりの光で見ていた少女は、何を思いついたのかくるりと明石弁を振り返った。


「おかあさまも、雪がだいすきだったから喜ぶわね」


 きっとあっちで喜んでいらっしゃるわ。


「…ええ、そうですね。きっと喜びましょう」


 少女の無邪気な言葉に、ずきりと胸が痛む。明石弁は複雑な気持ちを抱えながら、どこか悲しそうな笑みを浮かべた。
 この少女こそ、季惟と雪花の間に生まれたたった一人の娘である。着袴の儀を終えたばかりであり、まだ幼く齢五つである。面差しはどこか母の雪花に似ており、漆黒に濡れた大きな瞳がなんとも愛らしい。

 先日その母を亡くしたばかりだが、暫くは幼いため未だよく理解出来ておらず、時折おかあさまはどこ、と母を捜していた。夜中には母の夢を見るようで、朝明石弁が姫を起こしに行くと、頬に涙の後が残っていることもあった。


 だが、いつからだろうか。最近はもう母には会えないと理解したのか、前のように尋ねることも無くなっていった。


「ねえ明石、おとうさまに雪を見せてきてもいい?」


 袖を捲って今にも庭に降りて行きそうな勢いでこちらを見る姫に、明石弁はぎょっとし慌てて駄目ですと引き止めた。こんな冷たい雪の中に飛び降りられては、見ているこちらが気が気ではない。更には素足にも手にも霜焼けをしてしまう。





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