君をわすれじ
 



 鈍色の空に光の矢が走り、龍の咆哮の如き轟音が轟く。
荒魂が怒りを顕にし、暴れているかのような天候の下規則正しく碁盤の目のように道が並ぶ古都、平安京は白い衣を纏い広がっていた。
 野風のように威力を段々と増している風が木々を煽り、ざわざわと不穏な音が都中を包む。ちらほらと雪も舞っているようで、これは一吹雪ききそうだ。
 しかし各屋敷の者が強風に備えるべく急ぎ足で準備を行っている中、六条の一角にあとある屋敷では、今の空より暗い色の空気が屋敷全体に立ち込めていた。


「姫君はどちらに?」


 一人の女房が、格子を閉めながら隣に居た女房に話しかける。その間も風はばたばたと袖や髪を煽り、遠慮なく吹き荒れている。


「明石弁と共にお部屋にいらっしゃるわ。この風に脅えられているけれど、なんとか」

「では大丈夫ね。…本当に、健気な姫だわ」


 ふと、そう言った女房の瞳の奥に哀れみの色が映りこむ。しかしそれは一瞬にして突風に煽られた髪によって遮られた。途端、二人から小さな悲鳴があがる。しかし何とかそれを押さえながら、二人は最後の格子を閉め、足早に室内に入っていった。


 その頃母屋でも、野風に備え準備が為されていた。格子や蔀(しとみ)、妻戸等を全て下げ、中に雨風が入らないようにする。全てが終わったの確認すると、準備を行っていた女房は閉め切ったせいで更に暗くなった母屋の奥に頭を垂れた。


「それでは何かございましたらお呼びくださいませ」

「……ああ」


 ――何もないと思われていた暗闇で、わずかに何かが動く。
 女房は流れるような所作で立ち上がると、部屋に仄かな明かりを灯した。
そのお陰で奥の暗闇にぼんやりと、まるで生気を失ったような白い面が浮かんだ。その瞳は深い悲しみと闇を写し、虚ろにここではないどこかを見つめている。そしてその体には、死者への追悼を表す衣――濃い鈍色の衣が纏われていた。





- 1 -

*前 | 次#

作品一覧へ

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -