しかし高比良は小さく笑っただけだった。
「姫の脱走癖は今に始まったことじゃないし。脱走しようと試みてもいつも未遂に終わっているのは、やはり由芽がしっかりしているからだよ」
「…高比良さま…」
檜扇をそっと下ろすと高比良の優しい目と目が合い…
由芽はさっと檜扇で顔を覆った。
そして「もう一戦だけなら…」と呟くと碁盤に並んだ碁石をざあっとかき混ぜ、自分の碁石だけを拾い集めだす。
高比良は首を傾げたが追求はせず、由芽に倣い自分の碁石を拾いだした。
![](http://static.nanos.jp/upload/h/heiansoro/mtr/0/0/20130224175811.jpg)
「そういえば…昔にもあったね。皆で碁をやっていた時、傍で見ていたはずの二の姫が突然姿を消した事が…」
高比良のその言葉に、由芽は手元の碁石を見て「はい…」と小さく頷いた。
開け放たれた格子から見える景色は、二人が幼い頃と変わらないまま。
一陣の秋の風が局を走り抜けていった…。
ぱちん…
陽の光りが燦燦と降り注ぐ渡殿に、碁石が澄んだ音をたてる。
みずら頭に直衣姿の童二人に、あどけない表情の姫と姫付きの女童が、壷庭を眺められる渡殿で碁盤を囲んでいた。
「二の宮さま、何か怪しい手を使ったんじゃないですか?」
一方の童が次の手に困ったのか、相手の童…二の宮にそう言った。勿論、冗談ではあるが、相当深刻な顔をしているので、言われた二の宮も
「まさか。桐君が馬鹿なだけだろう?」
と、聊か不愉快そうな顔でそう返した。
「宮さまは、いつも僕を馬鹿だと笑うのですね」と言いながら、なんとか次の手を打った桐君は少し晴れ晴れとした顔をしていた。しかし二の宮が難なく次の手を打ってきたので、桐君はまた顔を歪ませながら考えこむはめになる。
それを見ていた女童がすっと碁盤に手を伸ばし、「こちらに打てるのでは?」と桐君に助言したのだ。
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