時の内大臣には三人のお子が居る。一の姫は今上帝の女御で「梅壷の女御」と呼ばれており、二の姫は「和歌に長けた才女」として誉れ高い。
そして唯一の男子であった高比良も、中務権大輔として宮中に出仕していた。真面目で気さく…加えて楽の才に長けている彼は、帝にも大層気に入られており後宮での評判も良かった。
一方、由芽は二の姫の乳母子。
由芽の父親は学者だと由芽本人は聞いているが、母は正妻ではなかった。正室でない限り夫と共に過ごす事はなかなか無いこと…。側室は実家で子を育てる事になる。
しかし内大臣の母と由芽の母が従姉妹だった縁もあり、母は二の姫の乳母として…由芽は生まれた頃より二の姫の傍仕えとして、母子共に内大臣邸に仕える事になったのだ。
それ故、子供の時分は高比良や女御、また幼少の頃を内大臣邸で過ごしていた帝の弟宮とも遊び相手として付き合いがあった。
だが、片や大臣の子で宮中の人気者、または後宮の花…
片や学者の側室の娘で、大臣邸の女房…
身分が違いすぎる…。
到底「幼馴染」と呼べるものでは無かった…。
しかし内大臣の三人の子供達は、由芽の事を兄弟や親友と思い接してくれていた。
実際、成人した高比良と…いくら生家の女房と言え…裳着を済ませた由芽が、二人きりで碁を打つなど普通ではありえないこと。
こんな事が有ろうものなら、男女の関係と捉えられても可笑しくないのだ…。
この様からも、幼い頃より共に育った由芽の事を「特別な女房」だと思っているのは明らかだった。
「今日は方違えも兼ねて休みをとったんだ。時間はたんと有るから、もう一戦お願いできますか、女房どの?」
「二の姫さまのところへは参られないのですか?」
「母屋に行ったところ乳母に面会を断られたよ。そこで察した。姫は乳母にしぼられているんだろうなって。」
「ご名答です。姫さまがまた脱走を謀ったのですよ。母は私にも、お前は姫さまに甘すぎる!と説教して、今日一日自分の局にこもっているように言われました。姫さまは塗籠で写経でもしているかと…」
今度こそ「申し訳がたたない」と言った表情で、由芽は高比良に頭を下げた。
二の姫の側近である自分が、姫を止めることが出来なかった事に罪の意識を感じているのだろう…。
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