安常処順
 

鈴虫の鳴き声だけが響く暗く静かな夜道。
静寂に満ちる中、一人の青年が静かに立っていた。
青年は何かをするでもなく、ただそこに立っていた。
否、ただ立っていたというのは少し語弊があるかもしれない。
正しくは青年は待っていたのだ。
青年が佇む目の前にある屋敷からそろそろ出てくるであろう少年を。
少年の名は藤原昌暁。
藤原一門の出の少年ではあるのだがおそらく彼の人を知っている者というのは極わずかであろう。
藤原昌暁という少年は藤原一門というには名ばかりの末端の存在であったからである。
今現在、こうして少年を待っている者がこの青年一人であることからしてもそれがうかがい知れる。
通常、貴族が出かける時には昼夜を問わず牛車や沢山の従者を連れているものである。
藤原昌暁という人物がいくら変わり者であるとはいえ、仮にも藤原の氏を賜る貴族である。
そんな者に付きそうのがたった一人だけというのはあり得ないことであった。
だが、実際問題として今少年を待つのは青年ただ一人だ。
屋敷に戻っても他に少年に仕える者は誰もいない。
ただ一人彼の身の周りの世話をしてくれる皐月と言う名の少女が一人いるだけである。
藤原昌暁が暮らす屋敷はもとより大きな屋敷ではない。
否、人が暮らせるよう未だ機能しているだけまだましである。
そう言われても仕方がないくらいのあばら家であった。
しかし彼の人は以前言っていた。
此処には何よりも大事なものが詰まっているのだと。
勿論彼が住居を変えたり、少しでも人の住みやすい環境に変えようとしない理由は沢山あるし、青年もそのことを十分に理解していたが、そう言った当時まだ齢十程の幼子には驚かされたものであった。
確かに藤原昌暁という少年は幼いころからどこか大人びた所のある子供だったのだ。
それは幼い時に母を亡くしたからなのかもしれないし。
もっとずっと幼い頃に父に忘れ去られてしまったことが原因なのかもしれない。
それとも、父に忘れられ少しずつ壊れていく母の姿をたった一人で見続けてきたことに関係しているのかもしれない。
この時代。
貴族であろうとそういう境遇は珍しくはない。
だが、あのたった十年程しか生きていない幼子の瞳に魅せられたのだ。
この幼子の生き様を見てみたいと。
この幼子が一体何を成し、何を残すのかと。
だから今、青年は此処にいる。



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