桜色の花びらがまるで筝の音に惹かれたかのように、袿の上に一枚、ひらりと舞い降りる。それを合図に、筝から指を離した途端にあがる感嘆のため息。
「姫様が奏でる筝の音は本当にお美しいですわ…」
まわりにいた女房の一人が音の余韻に酔いしれたような声を上げる。
「えへへ、ありがとう。でも、まだまだだよ」
褒められて恥ずかしくなった私は袖口を口元にあてて、照れ笑いを浮かべつつ呟く。
「そんなことはありませんわ、姫様。あの頃に比べたら本当にお上手に弾けておられますわ」
私に仕えている女房の中でも、幼い頃から仕えてくれていて、筝の先生でもある雪柳がにこりと微笑む。
「そう、かな…、でも姉さまの筝の音には敵わないわ…」
そう自分で呟いて、胸がきゅっと締まる。とうの昔から敵わないと知っていても、”いつか”という願望を捨てなれない私。
そんな私の表情をみてか、雪柳(ゆきやなぎ)が口を開く。
「姫様。姫様には姫様の、奏子(かなこ)様には奏子様の音があるのです。その音を大事に、姫様の“音”を奏でてゆけばいいのです。音は心なのですから」
「雪柳…、…ありがとう」
私の言葉に雪柳やまわりの女房たちみんなが優しく微笑み返してくれる。心の中に温かいものを感じながら、再び筝に触れようとしたとき、衣擦れの音が聴こえ、手を止める。
衣擦れの音が止むと、姉に仕えている女房が一人、姿を現す。
「初花(はつはな)様、奏子様がお呼びでございます」
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