君恋ふる、かなで
 


「だからと言って、玉依姫を推薦するなど――」
「正気の沙汰ではない、と?」

しれっと彼の語を継ぐ彼女に、為直は、いよいよ口角に嫌な痙攣が走るのを感じた。

「そこまで分かっていて、何故、彼女なのですか・・・」

けれど、そう問いかけても藤壺は微笑むだけである。
こうなると、どうやっても彼女は答えてはくれない。
ためしに白菊へ助けを求めたが、彼女も困った風に首を傾げるだけだった。


「・・・分かりましたわ。それでは、ひとつ賭けと致しましょう」


頑なな弟に対し、彼女は珍しく一歩だけ退いた。
ただし、そんな重要なことを「賭け」で決めようとする辺り、反省の気配は欠片もない。

「凍君が玉依姫の演奏を聞いて、これならば、と判断するだけの技量があれば、彼女を藤壺の奏者として推薦することを父上に許して頂きます・・・それなら宜しいでしょう?」
「・・・父上が卒倒なさいますよ、そんな賭け」

まず為直は賭けに乗るとも乗らないとも言っていない。
だが、最初から藤壺に青年の言葉を聞く気はなく、決まったとばかりに、さっさと白菊に命じて筆と硯を運ばせた。
その場でさらさらと父親宛の文をしたためる。

「・・・それでは、父上に宜しく伝えて頂戴ね。問題はありませんわ。あなたが認めるだけの腕前なら、きっと父上も否とは仰らないでしょうから」

美しい撫子の花に結ばれた紅の脅迫文を受け取り、非難を込めて溜息をつく。
こうなると彼に拒否権はなかった。


したたかで、そしてどんな手を使ってでも自我を貫き通すのがこの祥子女王であり、為直がこの世で最も苦手とする人物なのだった。


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