君恋ふる、かなで
 

――べ・・・ん・・・。

水面から吹く風を震わせて琵琶が奏でられる。
御簾に隠れて姿は見えないが、この屋敷の主人が弾いているのは間違いない。
かつて、四音の女名手と呼ばれた彼女は、琴の琴(きんのこと)、和琴、箏は然ることながら特に琵琶に関しては玄人の域を超えていた。
庭先の小さな水遣りに咲く蓮花が、先程の夕立に濡れて白く輝いている。
湿り気を帯びた大気に触れ、それとなく立ち込める涼やかな花の香は、彼女の衣に焚き染められた荷葉の香りと良く似ていた。

――べん・・・べべ・・・ん。

目を閉じ、息を吸えば、噎せ返るような静寂が肺を満たす。
黄昏に染まる世界の中、響き渡る琵琶の音は何処か物悲しい。そして、何よりも・・・見えない誰かに合わせるような、曲として成り立たない音足らずな調べが、その切なさを一層、引き立てた。

淡い瞳を伏せた残影とその残り香は、御簾一枚を隔ててひどく遠い。
彼女の奏でる琵琶だけが、二度と逢えない誰かを恋い慕い、天へと昇っていく・・・。



彼女はとても、哀しい女(ひと)だった――。



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