デート-2
子供向けの小さな遊園地とはいえ、午後からの二〜三時間で全て回りきるのは難しい………はずだ。
だが、二人なら容易い。
そしてなにより愉しい。
入園から二時間もたたないうちに、子供むけアトラクションの全制覇はもちろんのこと、ボートまで交替で漕いだ。
気負いも遠慮もない対等な関係、そして息が合うかんじがなんとも心地良くて。
「あ、あそこ行っていい?」
軽やかに足を止めた吹雪が “ふれあいまきば” を指差した。
「………お前、動物にも人気なんだな」
うさぎを足元に集め、肩や腕にリスを乗せた吹雪に、豪炎寺が苦笑しながら自分の手にしたエサを分けてやる。
「幼なじみのようなものさ。エゾリスなんて白恋の運動場や部室とかに普通にいたからさ」
吹雪のちょっと得意げな笑み………そんなキラキラ輝く顔を見たのは、上京後初めてかもしれない。
雷門に来て、コイツはのびのびとした持ち味を失ってはいないだろうか。
今みたいな顔を、学校や部活でも見たいのに。クラスメート、チームメイトとしてどう力になればいい…………?
「なあ…」
閉園まで30分を切ったのに、さらに奥へと足を向ける二人。
目指す先には観覧車が見えている。
早足で進みながら、口を開いたのは豪炎寺の方だった。
「お前は何故、無理して恋をしようとするんだ?」
「…………無理してるわけじゃないよ」
嘘だ、と直感した。
観覧車を真っ直ぐ見つめていた視線が寂しげに泳いだから。
ふと、隠しきれない思いが吹雪の口から零れる。
「僕ね…………夢が二つあるんだ」
彼に話してどうなるものでもないのに、止まらなかった。
「一つは、高校卒業したらJ1でプレーすること」
豪炎寺は頷いた。
それは納得だ。自分も同じだから。
「それとね、家族がほしくて……」
「早く経済的に自立してすぐにでも結婚したい、ということか」
慎重に確かめる豪炎寺。
鼓動が速まるのを悟られないように、吹雪より大きな歩幅で前に出ながら。
「そう。一人は……嫌なんだ」
――――知ってる。
吹雪が“一人”を嫌うのは、よく知っている。
なのに何故、今さら動揺するのだろう。
だが、吹雪の恋が不自然な理由は分かった。
“家族”が欲しすぎて“恋心”が置いきぼり。
だから不自然になる。ついていけない気持ちがブレーキをかけるから、つきあった相手との関係が進展しなくて当然だ。
何だかモヤモヤした雰囲気がうっすらと二人を覆う。
でも、観覧車から見慣れた町の夕景を見下ろせば、それも吹き飛んでしまう。
「わぁ、綺麗〜!鉄塔広場とどっちが高いかなぁ?」
「高度はわからないが、360度見渡せるのは、広場には無い魅力だな」
観覧車はイナズマランドの目玉だ。
地上から100メートル近く離れた個室空間で、はしゃぐ吹雪を一人占めできていることに、言い様のない高揚を覚える自分はどうかしていると思う。
しかし吹雪のほうがもっと、とんでもなかった。
「こういう時…………恋人同士ならキスしたりするのかな?」
「はぁ?」
豪炎寺は呆れて目を見開く。
深く考えるな………と眉間に皺を寄せながら、豪炎寺は心の中で自分に言い聞かせる。
「さあな」
「ねぇ、君ならいつキスする?」
「…………したい時だ」
挑発に乗ってはいけない。
変幻自在に相手を翻弄する吹雪のプレイには、フィールドで慣れていた。表面上の平静を装えるくらいには。
「……………してって頼まれたら?」
「したい相手ならするだろうな」
まるでにらめっこ、なにかの根比べみたいだ。
目をまんまるに見開く吹雪を冷静に見返す豪炎寺の真っ直ぐな眼差し。
見つめあい、まるで時が止まったように。
「降りるぞ」
「…………え、あっ……!」
そんなに長いあいだ見つめあったままだったのだろうか?
てっぺんでキスの話を始めて、気づけばもう地上についている。
「………あ、待って、あれ買いたい」
“蛍の光”に送られてゲートを出てすぐのところで、吹雪が帰る人の流れから零れ落ちる。
そして―――
数分後には、ソフトクリームを片手にご満悦の吹雪と肩を並べ、豪炎寺もベンチに腰かけていた。
「子供だな」
「君だってたこ焼き食べてるじゃないか」
「育ち盛りだからな。エネルギー供給だ」
「えっ、君まだ大きくなってるの!?」
肯定して逆恨みを買うのも面倒だから、あえてスルーする。
「………背、分けてよ」
「背は無理だが、食うか?」
「え……っと………僕猫舌だし……」
膨れて俯く吹雪に、豪炎寺は楊子に刺したたこ焼きに息を吹き掛けてから「ほら」と差し出した。
「はふはふ、ありがほ……」
丸い目で顔を上げ、たこ焼きを頬張る柔らかいほっぺが、もぐもぐ動くのが小動物みたいで可愛い。
「こっちも味見してみる?」
その問いかけが “スイッチ” になった。
答えのかわりに豪炎寺の顔が近づいて、差し出されたソフトクリームをスルーして吹雪の唇を柔らかく食む。
「…………!!な、何っ!?」
「美味いな」
半開きのまま固まった吹雪の唇から、豪炎寺の唇が離れた。
吹雪の頬が夕焼けよりも真っ赤に染まっている。
「ひどいっ、僕を“味見”したってこと!?」
「味見というか……普通にキスしたんだが」
「どう………して?」
「お前を…………可愛いと思ったから」
とけるぞ、と言われて慌てて舐めた残りのソフトクリームの味は全然わからなかった。
豪炎寺のことも、わからない。
可愛いの意味も、キスしたなんてしれっと言う態度も、わからないし全部ずるすぎる。
でも、一番わからないのは………それを嬉しいと思ってしまう自分自身だった。
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