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デート-1

妙な誤解はさておき、豪炎寺の言葉が吹雪の胸にすとんと落ちたのも事実だった。

そういえば結局、青い鳥もチルチルミチルの家に居た。

オズの魔法使いの幸せだって、無い物ねだりを通り越して、ついには自分の周囲に見いだした。

運命の恋だって、探したからって手に入るものじゃない。まずは優しく育む気持ちがないとダメだと、彼は言いたかったのだろう。
ほしがりな自分の幼稚な心を見透かされたようで、かなり恥ずかしい――――


「恋愛の手本?豪炎寺がかぁ?」

練習上がりのロッカーで円堂が素頓狂な声をあげるから、傍にいた鬼道がニヤニヤしながらこっちを見ている。

「まあ、確かにある意味男も惚れる男だけどな。でも恋ってのは…………アイツどう見たって“サッカーが恋人”って感じじゃねーか」

「同感だ。風丸とかの方が女子に優しいし、そもそもそういう意味では吹雪……お前の右に出る者はいないと思うぞ」
背中合わせのロッカーの位置で会話する円堂と吹雪の間に、鬼道が割り込んだ。
「それとも何か個人的に心当たりがあるなら別だが?」

「っていうか………優しいだけじゃなくて……もっと……踏み込んでく強さがないとダメかな、って………」

「なるほど、恋の進展には肉食的要素は必要、という話だな」

すでに話についていけずサッカーに頭が切り替わっている円堂の隣で、鬼道のゴーグルが光る。
「まあ、そういう意味では確かにアイツはそういう雰囲気はあるな」

丁度シャワー室から出てきた豪炎寺を、鬼道の視線が鋭く捉えた。

「豪炎寺。お前の経験人数は何人だ?」

「……………」
突拍子もない呼び掛けに、半裸の豪炎寺が怪訝な視線を鬼道に寄越す。

「答える必要があるのか?」

「ああ。俺じゃないが、知りたがってる奴がいてな」

それを聞いて豪炎寺の険しい視線がこっちに移るから、吹雪の心臓がぎくりと跳ねる。

「ゼロだ」

言い捨てる言葉に刺々しさはない。“やれやれ”というような温もりもあるが…………たしなめられた感も否めない。

でも僕だって進歩しようとしてるんだ。
ないものねだりじゃなく、足元から何かを育てようと、試行錯誤しているのだから………。

でも現実はなかなか厳しい。



翌週の火曜日は、雷門の創立記念日で、練習は午前だけで終わった。

「ねぇ、豪炎寺くん。デートしない?」

自主練で残る以外に選択肢のなさそうな豪炎寺に、吹雪は思いきって声を掛ける。

「…………今日か?」

明らかに困惑の色を浮かべて豪炎寺が振り返った。急にWデートに誘われても、相手を探せない。

「無理だ。俺の相手がいない」
「いいよ、いるから」
「はぁ?」

「……………僕………じゃだめかな?」

豪炎寺は眉間に皺を寄せ、気持ちを落ち着けるように目を閉じ大きく息を吐く。

「………大丈夫だ。行きたいところは?」

「イナズマランド……」

友人同士で遊園地に出掛けたいなら普通にそう言えばいいのに、なぜ“デート”と表現するのだろう?

「僕、男として……君からデートの仕方を学びたいんだ」

大真面目な顔で言われて、豪炎寺はため息をつく。

「吹雪……光栄だが、お前と俺は違う」

「……違うから、何なのさ?」

「お前は俺にはない良さがある。だから俺を真似る必要なんて無いんだ」

「…………」

吹雪は眉をひそめてうつむいた。

「僕の良さ………って、何?」

「そんなこと付き合ってる相手に訊け」

「………訊けないよ」

「?」

「別れちゃったから」

喧嘩したとか、飽きたとかじゃないらしい。
行き詰まったのだと、吹雪の話からは読み取れた。

「“深い仲”って…………どうやってなればいいのかわからないんだ」

二人の仲の進展を望まれて、応えられなくて居心地が悪くなり…………結局友だち同士に戻ることにした、という流れだ。

しかし――――深い仲、とは望んだり望まれたりして進展させるものなのだろうか?
豪炎寺にとってはやはり違和感だ。
おそらく吹雪は“考えすぎ”なのだ。たぶん仲なんて望むとか関係なく、自然に深まる。相手のことが好きなら、むしろ制御するのが大変なくらいに――――

「そうか、分かった」

吹雪の悩みに適切な答えは見つからないが、一緒に悩んだって埒があかない。

「なら気晴らしに二人で出かけるか」

吹雪のまとうモヤモヤした空気を吹っ切るように、豪炎寺は言った。

「え、いいの?」

「デートの手本にはならないと思うが………それより二人で楽しもうぜ」

「……………え、あ、はい」

吹雪は一瞬呆気にとられて………しだいに頬を赤らめて、頷く。

ああ、やっぱり彼は凄い。

口角を上げた表情も掛ける言葉も、全部格好いいのだから。

舞い上がった胸に、自分で言い聞かせる。
“僕も頑張らなくっちゃ”と。
そして
「行こう」とかけられた言葉に弾かれたように、吹雪は部室を後にする豪炎寺の背中を夢中で追いかけた。

 
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