恋のはなし
スケート場デートから半月ほどたった、ある放課後。
豪炎寺は部活に向かう中庭で、泣いてるような女子を慰める吹雪を見かけた。
気になりつつもそのまま通り過ぎる。こないだ出掛けた女子とは違う相手に見えるが…………
「……豪炎寺くん!」
数メートルも離れないうちに、吹雪が追ってくる。
そして俯き加減でぴたりと隣について、部室へと足並みを揃えた。
「…………なんか困ってるのか?」
「…………ううん、大丈夫だよ」
明るく返す言葉とは裏腹に、白い手が部室のドアノブに添えられたまま数秒止まったのを、豪炎寺は見逃さない。
「女の子ってさ、わかんないよね……」
部室の奥にあるロッカー室に入るなり、吹雪は大きなため息をつき、制服を脱ぎながら、ぽつりと漏らす。
「さっきいたあの子……二股でもいいからつきあってっていうんだ。そんなことはできないって言ったら泣かれちゃって……」
9番と10番。隣り合うロッカーで豪炎寺も着替えながら、俯く吹雪の横顔を見る。
「僕、そんなに軽薄に見えるのかな?」
「いや。意外と真面目だと思うぞ」
「意外……?」
互いに半裸の状態で、ふと目が合う。
「大勢にチヤホヤされている割には、ということだ」
詰るような上目遣いから顔を逸らして、豪炎寺はユニフォームのシャツを被った。
「君はまだ……彼女と仲良くしてるの?」
「あれ以来会ってない。恋人でもないからな」
「え、何で?じゃあ君のほんとの恋人は………」
「恋人はいない」
「えっ?うそ。モテるのに………」
いつもなら着替えが済めば完全にサッカーモードに切り替わるのに、今日は吹雪に引っ張られて集中できない。
「ほしくないの?」
「ああ。欲しいから恋をするわけじゃないしな」
吹雪は何だか不服げに黙る。
ストレートに返したのに、どうして納得させられないのだろう?
“お〜い、豪炎寺ぃ!”
グラウンドに出てきた二人を目ざとく見つけた円堂が、向こうのゴールから手を振って呼んでいる。
シュート練習への誘いだろうが、豪炎寺は手で合図を返しただけで、方向を変えてアップを始める。吹雪もそれについてきた。
アップ以前に、精神統一がままならない状況に、豪炎寺はため息をつく。
「ねぇ……君は、一生変わらない気持ちってあると思う?」
案の定、ジョギング中も吹雪の恋の話は続いた。
「ああ、多分な」
豪炎寺のは父の書斎に大切に飾られた母の写真を思い出しながら答える。自分のことにに置き換えて考えられるほど、まだ恋について熟考したことがなかったからだ。
「そっかぁ……僕は中々そういう恋に出会えないなぁ」
吹雪のため息を聞きながら、疑問がわいてくる。
“出会う”という表現がしっくりこないし、まだ高校生なのだから、恋より先に追い求めることがあ
るんじゃないかと思う。
「女の子はみんな恋に恋してるだけなのかも……」
「…………」
“恋に恋してるのはお前も同じじゃないのか”と内心思いつつ、豪炎寺は黙って耳を傾ける。
「僕といたって、みんな君のことだってしっかり意識してるもの。結局格好いい男の子と恋ができれば誰でもよくて………」
「お前なぁ」
聞き捨てならない言葉に、豪炎寺が直ぐ様反応した。
「まさかそれを試すために、いつも俺をデートに誘ってるんじゃないだろうな?」
豪炎寺の不機嫌な声に、吹雪はハッとする。
ちらりと盗み見た横顔は、眉間に険しく皺が寄っていて……
「っ……それだけじゃないけど……」
「恋人を試すような真似は感心できないな」
サッカーに集中したいのに、どんどん心乱されてく自分に苛立つ。
吹雪とオフに会うことを純粋に楽しんでいた自分の能天気さにも。
「“試薬”がわりなら、次からは別の奴を誘え」
「ごめん違うって。そういうことじゃなくて、僕………」
相手を怒らせた動揺で思わず足が止まる。
そんな吹雪を残して、豪炎寺はそのまま走り去ってしまった。
あ〜あ。またやらかしちゃった。
親しくなっても、豪炎寺くんは豪炎寺くんだ。
消化不良の感情を不用意に垂れ流せば、彼の地雷を踏むのはわかってるのに。
僕は同じヘマを何度繰り返せば気が済むんだろう―――
「あれ?吹雪」
全体練習を終えてロッカーに戻った風丸が、ぱちくりと瞬きする。
早帰り組に混じって、自主練常連の吹雪が帰り支度をしていたから。
しかもその背中は、いつにもまして小さくて……ふわふわに跳ねたくせ毛も双葉も、なんだかしおらしいような……。
「よぉ、珍しいな。お前がこんな時間に上がるなんて」
「今日は集中力不足。上がれって言われちゃった」
「は?……誰に?」
だいたい想像はつくが、一応きいてみる。監督、コーチか、さもなければ………
「………豪炎寺くんだよ」
やっぱりか。と風丸は肩で息をつく。
「あー、でもまあ悪く思うな。集中力不足っていうなら……あれだ、アイツはお前が怪我とかするのを心配して……」
「大丈夫。彼が優しいのはよくわかってるよ」
いつになく強めに言い放つ自分に驚く。
珍しい口調に、周りの視線も集まっていて……いたたまれなくなった吹雪は慌ててバッグを肩に掛け、風丸に「またね」と手を振った。
恥ずかしさを振り切るために部室を出た吹雪だったが、そこにはさらなる難敵が立ちはだかっている―――
「おぅ吹雪。まだ帰ってなくて良かったぜ」
「わっ……!」
ドアの向こうに立ちはだかった円堂が、吹雪ををがっしりと受け止めたのだ。
「さあ、雷雷軒いこうぜ!そんで“二人とも”仲直りだ!」
二人とも?というのがひっかかり、視線を泳がすと…………円堂の肩越しに、迷惑げに腕組みしている豪炎寺が見えて血の気が引く。
「さ、行こうぜぃ!」
さいあくだ………。
ニカニカ笑う円堂の無邪気な表情が、吹雪の複雑な心に重くのしかかっていた。
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