Wデート
この春から吹雪士郎は、雷門高校に入学した。
部員の中で唯一クラスが同じになったのは、ツートップを張るエースストライカーの豪炎寺修也。
中学の時、完璧を求めて壊れる寸前に目の前に現れ、立て直してくれた因縁の相手だ。
彼にはもちろん感謝してるけど、矛盾も感じてた。
完璧になる必要はないと諭したくせに、彼自身は「完璧」に見えたからだ。
でも―――
クラスメートになって、その印象は少し変化した。
理由は他愛ないことだったりする。
たとえば学年トップクラスの成績のくせに、授業中意外とよく寝てることとか。
彼の居眠りに、周りは殆ど誰も気づいてない。
目を瞑る端正な横顔は、パッと見考えごとをしてるようにしかみえなくて。
隣の席で、初めてそれを見破ったとき、思わず教科書の影に隠れ、笑いをかみ殺したっけ。
それは、一人で上京してきた吹雪が、まだ馴染みの薄い空間で、初めて“親しみ”という感情に触れた瞬間でもあった―――
「28、29……あれ?もう1個………」
自主練するからあとは任せて、と皆を先に帰した後の倉庫で、ボールを数えていた吹雪が首をかしげる。
「すまん、30」
彼も自主練していたのだろう。
背後から投げ込まれたボールには炎のオーラが微かに残っていた。
「豪炎寺くん」
吹雪は立ち上がって振り向く。そこにいる相手が誰だかすでに確信しながら。
「あのさ、今週末のことだけど……」
滴る汗をタオルで拭いカゴを持ち上げて倉庫へ運ぶエースナンバーの背中に、吹雪は問いかけた。
「スケートいく話、考えてくれた?」
何も答えず倉庫内をチェックした豪炎寺は、後をついてきた吹雪を背中で押し出して、戸締まりをする。
「………ねぇ」
吹雪はその横顔を背後から探るように覗き込む。
「ああ…………まあな」
歯切れはよくないが、肯定寄りの返事に吹雪の顔がぱっと輝いた。
「よかったぁ、じゃあ明日、午前練終わったら……2時頃木戸川駅で待ち合わせでいい?」
「……………………わかった」
気乗りがしないが、この笑顔を前に断れる人間は地球上にそうはいないと思う。
「木戸川町のスケートリンク、今週感謝祭なんだ。会員と一緒だとみんな無料で滑れるんだよ」
「…………会員?」
「うん♪僕こないだ退屈しのぎに滑りに行ったら、知らないうちに会員にしてもらえて、優待フリーパスも貰っちゃって……」
一体何をすればそんなことになるのか、吹雪の“愛され力”がなせる業だろう。
そんな吹雪が何故俺なんかを、やたらとデートに誘うのだろう。
中学の時より一層高低差のついた肩を並べ、職員室に鍵を返しにいく道すがら、豪炎寺は内心首を傾げる。
それも二人きりじゃなく、互いの彼女つきのWデート。
吹雪の相手のことを深堀りするつもりはないが、いつも違う相手を連れてる感じだ。
こっちも相手が居ないから、Wデートのためにわざわざ見繕わなくてはならないのだから、正直かなり億劫だった。
そして、当日―――
「え、上手い……」
「木戸川に住んでいた頃、妹をつれてたまに来てたんだ」
澄まして言う豪炎寺に「ふぅん」と浮かない返事をかえして吹雪は顔を曇らせる。
合わない貸し靴で難なく氷上を滑り、恋人に手解きまでする豪炎寺は凄く絵になった。
スケートは絶対に負けない自信がある。もちろん腕前は断然自分の方が上だ。
でも恋人との2ショットは豪炎寺が映えた。
一つは“身長”のせいだろう。
私服姿の大人びた格好よさも、ずるすぎる。
美形では吹雪も負けてないが、可愛らしい顔立ちがどうしても幼く見えるのは否めない。
「わぁ……あのお兄ちゃんかっこいい」
「氷の王子さまだぁ」
フィールドが氷上になっても、吹雪のアイドルぶりは健在。いつのまにか、休日の感謝デーにきていたちびっこやママたちに囲まれて、スマホを向けられ笑顔をふりまく羽目になっている。
「ちょっ、と吹雪くん……キャッ!」
置き去りになっていた吹雪の彼女がバランスを崩したのを咄嗟に支えた豪炎寺は、自分の連れてきた相手と……両手に花状態で吹雪を見守る始末だ。
「おい……」
「…………」
「吹雪……」
「…………」
「何を怒ってる?」
「別に怒ってないよ」
「じゃあその頬は何だ」
稲妻町の駅で解散した後、男子組はしばらく帰る方向が同じだ。
豪炎寺と二人になった途端、早足になる吹雪。
信号が赤になり、足を止めた瞬間、豪炎寺が詰め寄った。
「なに、って何も……」
「…………フッ…………ならいいが」
頬を膨らませたままそっぽを向く吹雪に、豪炎寺が思わず失笑する。
「今日は………ありがとね」
「ああ。俺も楽しかった」
信号を二つ渡った交差点で、左右に別れる互いの帰路。
手を振って背を向ける豪炎寺の口元には、珍しく笑みが残っていた。
近頃、オフには毎回吹雪と会っている気がする。
何ならまたつき合ってやってもいい、と思ってもいる。
最初は億劫だが、いつも帰りぎわに手を振る吹雪の姿を見ながら、不思議とそういう気分になるのだ。
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