マッチ売りの少年 | ナノ
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僕がNOAに赴いてから3回目の春が来た。

北海道・日高山脈幌尻岳中腹に抱かれた奥地。

関係者以外、その場所を知らない。
知ったとしても常人では寒さと地形の険しさに
辿り着けない所にその施設はあった。

太陽光を蓄電できるシートで覆われたドーム内の
小さなコミュニティ。

そこに太陽光を集め、氷が溶けるエネルギーで発電を試みるというオール電化の町づくり。

ここでは、緩水河期の到来で居住不能になった寒冷地で再び生活するための人間の衣食住や、動植物との共存に関わる様々な実験と検証が行われていた。

僕は寒さへの耐性も含めた適応力や、動植物との共感力、そして五感の鋭さを買われて、この地の主任研究員として育成されている。

もう、ハタチ…年齢的にもしっかり大人になってしまった。
"君と一緒にいたい"
他には何もいらないから…と。
そんなたった1つの願いさえ、叶わないままで……。

生活は格段に良くなった。
何一つ保障が受けられなかったアウトローを抜け出し、ナショナル・スペシャリストとして登録された僕には快適な環境と優遇が国から与えられていた。

ゆくゆくは研究者を目指すのだけど、
若い僕は研究者かつ被験者。
今日も、北国の暮らしに適応力の高い同世代の選抜生たちと、実験を兼ねた心技体の訓練を受けていた。

キビシイーー!と訓練生の間で有名な今日の特訓は、雪山をボードで制限時間内に滑り降りるという
僕にとっては楽しい "お遊び" で。

難なくトップでクリアした僕は、
一人部屋に戻って早めの昼食をとり、
暇をもて余してスケートでもしようかと、寮近くの小さな人工湖に出かけていた。


持ってきた携帯TVは、テーブル代わりの切り株の上に置き、豪炎寺くんの出場する試合の中継にチャンネルを合わせてある。


あの日僕が倒れて以来彼からの連絡はないけれど。

僕はこうしていつも "彼" を肌身離さずにいた。

結ばれるなんて夢また夢でも。
もう会うことさえないかも知れないけれど、
信じること自体が今は僕の希望の糧。

それだけを頼りに前を見て歩んでゆけるのだから。




"豪炎寺、决めた〜〜〜!!中盤で奪った球をそのままの体勢から………突破口開く貴重な1点だ〜っ"

TVから聴こえる興奮した実况の声とスタジアムのどよめきにハッとして、ターンついでに振り返った僕はーーー

別の驚きに息を呑んで固まった。


「…………誰!?」

木陰から僕を見ているフードを被った黒いマントの男。

氷上で動きを止めた僕はそのまま滑るように
湖の岸に近づく。

そして、距離が狭まるにつれ
対面しているその相手の持つ "オーラ" に心と身体のおくが熱を帯びて震えだす。


「……久しぶりだな」

わかってしまう。
フードで顔が隠れていたって、その声は
僕の魂を揺さぶるから。


「嘘…………何でここに?」

「sp04が門番をしていてな、すぐに通れたぞ」

「違っ、そうじゃない。たった今君は試合で…」

TVの試合は生中継のはずだった。
真実知りたさに、胸が激しく動悸し息ぐるしい。


「おいで……」

僕の膝がガクガク震えているのを見て彼は眉をひそめ、スケート靴のままの僕をそっと抱きあげて、
切り株の上に座らせる。

傍のTVには、目の前の男とうり二つの男がフィールドを駆け巡っている姿が映し出されていた。

「どういうことなの?」

と僕はもう一度、不思議な光景を前に掠れる声で問いただす。

「お前が "豪炎寺" と呼んでいたのは……俺に間違いない」

「それは…………わかってるよ」

そう強がりながらも僕は思いきり安堵の息を吐く。

「なら…今シュートを決めたのは……誰?」

豪炎寺くんは声を一段ひそめて「アンドロイドだ」と答えた。

こんな場所では話しにくいんだろう。

「あ…の、僕の部屋に来る?」

媚を案内しようとスケート靴を履き替えようとするけど動揺のあまり紐をほどく手がままならない。

「…………」

焦る僕の前に彼が黙って跪き、紐をほどいてくれる仕草に、僕は切ない幸せで胸がいっぱいになり声を詰まらせる。

「あり‥.がと」

「いや…」

疚しい気持ちが見え隠れするのが
お互いに分かってしまって………すごく照れくさい。


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