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17


いつのまにか時間の感覚もなくなっている。
快楽に塗りつぶされたような空白。

やがて、乾いた布が肌を繰り返し往復する優しい感触に、思考がゆっくりと現実へと引きもどされていく―――

「すまん……痛々しいな」

「………え………」

服を着ていないのに、ガーターの外れたソックスだけ履いている少し間が抜けた吹雪の格好。
乱れたシーツに力なく投げ出した肢体は、交換した熱の余韻でまだ細かく震えていた。

立てていた膝の内側を指先でつぃっと撫でられた時、腿あたりについているいくつかの薄紅い痕がちらりと見えた。

「ううん……音符みたいできれい……」

「フッ……うまい表現だ」

身体のところどころについたキスマークが、豪炎寺の音楽が自分の肌に刻まれた証のように思えたのだ。

「これが消える前に……またしてほしいな」

夢見心地で吹雪は呟いた。

「………ああ」

しばらくの沈黙のあとで返る肯定。

幸せだった。

でも気になったのは、豪炎寺が自身の体を満足させていないこと―――

カバーを外して潜り込んだベッドで寄り添い、微睡みながらちらりと見上げた豪炎寺の横顔が、深刻に天井を見上げているのに気づいて、ハッとする。

あ………そっか…………。

吹雪の表情に突然翳りが差した。
僕じゃ駄目なのかもしれない、とふと思ったのだ。
彼の身体を満足させることができる相手は、自分じゃなくもっと別にいるのかもしれない………

そう思うと急に胸の奥が締めつけられるように痛むけれど、悦びに上り詰めた身体の火照りまで冷ますことはできない。

抱きよせられて髪を肩を撫でられるうちに、優しい眠りに誘われて吹雪は目を閉じた。
涙を一筋頬に残して―――。



「―――随分とスッキリした顔してるね」

月明かりだけが射し込む別棟で、物音にすでに気づいていた豪炎寺はさほど驚かずに振り向く。
声の主も分かっている。基山ヒロトに違いない。

「とうとう吹雪くんを食べちゃったのかな?」

「お前がそれを知ってどうするんだ」
髪を拭いていたタオルを肩に掛け直し、豪炎寺は切り捨てるように返す。
真夜中に水浴びをしていた自分も自分だが、そこへちょうどよく現れるヒロトの挙動も十分怪しい。

「余計な詮索はやめないか」

「別に俺は君たちがセックスしたかどうかを本気で気にしてる訳じゃないさ……ただ……」

冗談めかしているが目は笑っていない。
そのまま近づいてくるヒロトを意に介さず、豪炎寺はそのまま階段を上っていこうとする。

「吹雪くんを俺たちの仕事に巻き込むのはどうかと思うよ」

ヒロトにしては珍しく強い口調に、豪炎寺の足が止まった。

「確かにこのところ俺たちの仕事は停滞ぎみだった。君がその状況を打破したがってたのもわかってる。でも、だからといって遥か日本から音楽を学びにやって来たあの子を巻き込むのは……違うんじゃない?」

「巻き込む?」
豪炎寺の眉間に皺が寄る。

「そう。あの子は無垢だ。ただ純粋に俺たちの役に立てばいいと思って健気に何でも頑張ってしまう。ていうか……」
ヒロトは強調するように繰り返した。
「ぶっちゃけ君の言いなりだよね?世話になってるし、何より惚れた弱味で」

数時間前、寄り添い縺れ合うようにO-hausに帰りついた二人のやりとりをたまたまヒロトは見ていた。
じゃれあうようにキスを繰り返し、抱き上げられて幸せそうな吹雪や、みたことない豪炎寺の笑顔を……。

「純真なあの子に色々教え込んで操るのが楽しいんだろ?素直だし器用で覚えも早いし……」

ギリッと奥歯を噛む豪炎寺。
その背中にヒロトは淡々と斬り込む。

「ズバリ容姿も好みだよね?会った時から釘付けですぐにわかったよ」
「いい加減にしろ」
豪炎寺は振り返り、鋭い目でヒロトを睨む。
「教え込む……だなんて、吹雪も軽く見られたものだな」
豪炎寺の迫真の表情に、ヒロトも少し身構えた。

「今日Naziの幹部との接触に成功した。それも吹雪が拾い集めた情報があってこそだ」

「……へえ。それはおめでとう」
ヒロトは一瞬詰まって、肩を竦めた。
さらりと応えたものの内心驚いていた。
今まで情報収集専門に嗅ぎまわっていた冬花のチームや自分では成し得なかったことだ。

「俺はこの先も吹雪と進むつもりだ。操られてるのはむしろ……俺の方かもしれないな」

進むというのはミッションなのか二人の仲のことなのか……?
豪炎寺の苦渋に満ちた声に胸を突かれて、ヒロトはそれ以上踏み込むのをやめた。

豪炎寺から、仕事の完遂を急ぐ気持ちが葛藤とともに痛いほど伝わってきたからだ。
もしかすると……すべてを片付け、吹雪とともに帰国したいと望んでいるんじゃないだろうか。
“しがらみ”から解き放たれて―――

吹雪とのことがなくたって、早く帰りたいに違いないのだ。父や妹の待つ日本が間違いなく彼の故郷だから。

幼い頃、父の仕事で家族でDEUに渡りここで妹も生まれた。
戦争勃発の前に母娘だけが帰国し、当時父の仕事を手伝っていた豪炎寺はDEUに残った。
円堂やヒロトはその頃からの仲間だ。

“しがらみ”というのは円堂の祖父・大介にまつわるものだ。

Naziの人体実験の対抗勢力として働いていた大介と、豪炎寺の父。Naziに狙われた豪炎寺の父の国外逃亡を助け、代わりに実験台にされ廃人になった。

父の残した仕事と、恩人を救うプロジェクトの完遂のために、今も豪炎寺はここにいる。

プロジェクトを影でバックアップしている吉良財閥の長子として働くヒロトにとってはここが自分の居場所だったが、豪炎寺の立場が違うことはよくわかっていた。


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