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 5--Fubuki side

明け方目が覚めて、赤いスーツの男が傍らで眠っているのをじっと見つめる。

打倒に燃えていたのが全くの嘘みたいだ。
彼の顔を見るとすごく安らかで温かい気持ちになるのだから。

手錠で繋がる互いの手は、鎖よりも強くしっかりと指同士を組むように握られているのが幸せで…少し照れ臭くて。

伸ばしたら足が出そうな狭いベッドの上でイシドさんは小さな僕を抱き枕みたいに抱えて………ん?
あれ―――?

なんか僕……こんなに大きかったっけ?
立ってみようと、手錠を外そうとすると―――。


「あれっ?あれれ……??」

慌てる僕はイシドさんを起こしてしまう。

「?……どうした」

「手錠が……外れないんだ」

「はあ?」

僕は混乱気味に「どうしよう」と呟いた。
どういうことだかわけがわからない。
この鍵のない手錠は、狼の妖術でロックをかけたものだ。つまり妖術でしかそれを外せない。

でも狼の僕は妖術を使って人間に化けていたはずが、妖術が使えない今も人間の姿で……そんなことあり得ないはずなのに。

何で?おかしい。

まさか僕、狼じゃなくなっちゃったの?



『10年前、ここ北が峰で行方不明になっていた吹雪士郎さんが発見されてから一週間が経った現場です―――』

自分のことが報道されているテレビ番組を病院のベッドで1日じゅう眺めている。

こんなことが、ずっと前にもあったような気がする。

雪崩で雪に埋もれた道路の映像と現場付近を飛ぶヘリの音―――あの時は一人きりで途方にくれていたけれど、今は違う。

赤いスーツで髪には緑のメッシュ。
まるでわざと悪役を装うようないでたちの謎めいた男が病室を軽くノックしてベッドの向かい側の椅子に座る。

「調子はどうだ?」
「……うん、すごくいい」

「確かに、顔色は良さそうだな」
立ち上がり近づいて肩に優しく置かれた手。
「君と……いられるからだよ」
僕はその褐色の手に自分の手を重ねる。

『発見時、着衣を身につけておらず手錠が掛かっていたことについては未だ謎のままですが……吹雪さんの話と、ともに下山した男性の証言、そして現場検証のいずれも一致していることから、警察側は事件性はきわめて低いとほぼ断定。ただ10年もの間少年が一人山でどう暮らしていたのかということについて―――』

狼だったとの証言を今必死に検証している警察関係者や専門家も全くご苦労なことだけれど。

君には一番迷惑を掛けたよね……と申し訳ない気持ちになってイシドさんを見上げると「迷惑?」と意外そうな視線がまっすぐこっちに返る。

「そんなふうには思っていない」

君はそう言ってくれるけど。
あの時僕は全裸に手錠の姿で。それに万が一調べられたら情事の後だということもわかってしまうだろう。
そんな僕のこと、ややこしいお荷物だと思われても仕方なかったのに彼は少しも迷わなかった。
手錠が取れないままの僕をシーツにくるんで抱き上げ、すぐに下山に向かったのだから。

『現代の神隠し・奇跡の生還』と世間が騒ぎ、警察に保護され色々と聴かれて……そんな時も出来る限り付き添ってくれて……。
周囲から僕との関係を聞かれると『大切な人』だとはっきりと宣言した。


「ホントに……こんな得体の知れない僕と一緒にいてくれるのかい?」

イシドさんは「知れなくないさ」と笑って僕の頭を撫でた。
「お前にはちゃんと戸籍もあった。行方不明だっただけで正真正銘の『吹雪士郎』に違いない」

「まあ……それはそうだけど」

「得体の知れないのは、俺の方かも知れないな」

口の端を僅かに吊り上げそう言った彼がただ者じゃないことは、十二分に感じてる。

僕を連れて病院へ行った時、警察が来た時―――いろんな所でのいろんな人の彼への対応を見ればわかるけど、僕にとってそんなことはどうだってよかった。

「いいよ………君が誰でも」

ベッドの隣に座った彼の赤いスーツの肩に凭れて、僕は……彼がくれた約束の言葉を囁くように繰り返した。



―――春には一緒に暮らせるんだよね。



赤スーツの男*完

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