熱に浮かされて


次に目を覚ますとすっかり熱は下がっていて、体もだいぶよくなっていた。
なにやら恥ずかしい夢を見たような気がするけど、熱に浮かされていたから仕方ない。
鬼灯さんに看病されるという、普段からはあまり想像できない体験と自分がした言動をすべて夢の中の出来事として処理すれば、今頃一人仕事に精を出しているであろう鬼灯さんの元へ向かった。
あの苦い薬の効果を実感しながら法廷に行くと、ちょうど鬼灯さんがいた。
私に気がつくなり顔を顰めて私を睨む。すごい怖い……看病してくれた人とは別人じゃないだろうか。

「名前、どうして出てきてるんですか」
「もう熱は下がったので」
「寝てなさい。途中で具合悪くなっても知りませんよ」
「大丈夫です!」

今度こそ大丈夫なことをアピールすると、鬼灯さんは気に食わなさそうな顔をしながら納得したようだった。
小突くように私の額に触れ、熱が下がったことを確認する。ついでに目を見つめられて、その鋭い視線に隠し事をしていなくても何か話してしまいそうな気分になる。本当に大丈夫ですからと念を押せば、わかってくれたのか、けれどやはり不満げに離れてくれた。
そんなところへ休憩を終えた閻魔大王がやってきた。

「あれ、名前ちゃんもう大丈夫なの?」
「はい。忙しいのに休んですみません」

いつもよりこき使われてるんだろうなと思いつつ頭を下げると、閻魔大王は安心したように笑った。
いくつか殴られたようなあとがあるのは指摘しないほうがいいよね。

「よかったよ。名前ちゃんがいないと鬼灯君もイライラしてるしさあ」
「でしょうね……」

仕事が進まないし、いつまで寝てるんだと思ってたんだろうな。
私が休むと残業が増えるし、出てきてよかった。少しだけでも仕事をしてどうにか今日の埋め合わせをしなくては。
そう思っていると閻魔大王がにこりと微笑んだ。あれ、その顔は何か余計なことを言うときの……。

「鬼灯君ずっと心配してたんだよ?少し無理させすぎたかなって。なんだかんだ言って名前ちゃんのこと考えてるんだよねぇ」
「そうですか……」

鬼灯さんの顔が怖いことになってるけど大王気がついてない。この殺気に気が付けないなんてさすがアホ大王……。
それよりも鬼灯さん、閻魔大王にそんなこと言ってたんだ。人に素直じゃないと言いつつもやっぱり鬼灯さんだって……あ、睨まれたから黙っておこう。

「食堂に行っておかゆ作ってもらったりしてさ。あ、わざわざ天国に仙桃貰いに行ったりもしてたよ」
「そうなんですか?」
「あれ、聞いてない?心配してるの悟られたくないんだねえ。鬼灯君もわりかしかわいいところがあるというか……」

口を滑らせすぎたことに気が付いたのか、閻魔大王がしまったという顔で固まった。
さらに冷たくなった鬼灯さんの視線が閻魔大王に刺さり、鬼灯さんはぽんと肩を叩いた。

「大王、少しいいですか。確認してほしいことがあるのですが」
「う、うん……何かな」
「熱湯の大釜なんですけどね、最近獄卒から報告がありまして……」

そう言いながら鬼灯さんは閻魔大王を連れて行ってしまった。さようなら大王……。
それにしてもわざわざそんなことまでしているとは知らなかった。何かと隠れて手を回してくれるのは今に始まったことじゃないけど、たまには言ってくれてもいいのに。無愛想で辛辣な言動ばかりするくせにそうやって……。
わかりづらい愛情表現に無意識に頬が緩んだ。どうしようもなく心が疼いて仕方ない。隠れた優しさが好きだなんて口が裂けても言えない。普段は優しくないからギャップで心がやられてしまいそうだ……。
いやいや、弱っているところにそうされて少し勘違いをしてるんだ。別にきゅんときたわけではない!
一人頭に思い浮かぶ感情と戦っていると、鬼灯さんが戻ってきた。

「頭抱えてどうしました。まだ痛むなら休んでなさい」
「違います。これはなんというか、鬼灯さんのせいで……」
「は?寝たほうがいいですよ」

閻魔大王の机に積みあがる処理済の書類を片付けていく。イライラしているのが目に見えて下手なことは言えない。
でも感謝はしなくちゃいけないし、仕事を休んでしまったことも謝らないと。けれど私も素直に言えるわけがなかった。

「鬼灯さん、心配してくれてたんですね」
「……倒れられたら迷惑なだけです。あなたにはいくつも仕事を頼んでいますから」
「それだけですか?照れ隠しでそう言ってるだけじゃないんですか?」

からかうようにつつくと、鋭い視線で睨んできた。これは図星のときの…!なんだか楽しくなって日頃のお返しとばかりからかってあげようとしたら、鬼灯さんは私の手を掴んで見下ろしてきた。

「自意識過剰ですね。あなたこそ自分がいないと仕事が大変だと思って無理やり出てきたんでしょう?妙な言いがかりを作って、お得意の照れ隠しですか?」
「そ、それこそ自意識過剰です!」

私がどんな思いで、まだだるい体を引きずってきているのか鬼灯さんには見抜かれている。
照れ隠しなんて私の十八番であり、鬼灯さんにはバレバレだ。でも私だけそう言われるのが嫌で食い下がる。鬼灯さんだって同じなくせに…!
何か言い返してやろうと思いつく言葉を浮かべていれば、鬼灯さんは掴んでいた手を離して頭を叩いた。

「わかっているなら休んでなさい」

私が考えていたことを見透かしたような顔をして、鬼灯さんはそれだけ言うと仕事に戻る。書類を確認しながら仕分けるのを横で見つめながら、私は反撃する気力もなくした。
そもそもこんな言い合いしても意味がない。互いに心配しているのはわかりきっていることだ。
でも気に食わなくて腹立たしい。今度お礼をしなくてはと拳を握り締め、大人しく部屋に戻ることにした。

「あの……」
「なんですか」

その前に一つ言いたいことが……。
私が抜けた分の仕事をさせるのは申し訳ないし、鬼灯さんならきっとこっそりと片付けてしまう。だから無理はしないで……と。
振り向く鬼灯さんにそう言おうとしたけど、顔を合わせると言いづらい。何でも見透かしてくる鬼灯さんに全部投げることにした。

「自意識過剰の鬼灯さんならわかるでしょう。今日はおとなしく部屋にこもってます!」

それだけ言って逃げ出した。

「少しだけ片付けておきますか……」

鬼灯さんは何か呟いたようだったけどよく聞こえなかった。


***


布団に入ってしばらくしたころで、人の気配がして目を開ける。すると鬼灯さんが布団の中に入り込んでいた。

「な、何勝手に入ってきてるんですか!」
「一人で眠るのは心細いんでしょう?」
「はい?」
「自意識過剰な私はそう解釈したんですが、違いました?」

そう言いながら私の体を包み込む。鬼灯さんわざとそう解釈したな…!わかってるのにそうやってわざとからかおうとしてくる。違います、と言っても聞いてくれやしない。

「出て行ってください」
「体が熱いですね。照れてるんですか?」
「まだ熱があるんです」
「では温かくして寝なくてはいけませんね」

逃げるように身を捩ってもさらに抱き寄せられて抜け出せない。
これ絶対今日の仕返しだ…!体調もすっかりよくなって、私が元気だと分かった上でいじめに来ている…!
がっちりと腕の中に閉じ込められて息苦しい。どうにかして顔を上げると、計算されたように鬼灯さんの顔が視界一杯にあった。

「顔も赤いですね。熱は下がったんじゃなかったんですか?」
「弱ってる女の子をいじめるな…!ち、近い……!」
「無理をさせすぎたと反省しましたが、これはこれで愉快ですね。熱に浮かされた名前もなかなか楽しめましたよ」
「ドS…!鬼…!悪魔…!」
「鬼です」

とにかく離れろと腕を突っ張っていれば、鬼灯さんはようやく体に巻きつけていた腕を緩めてくれた。
ほっと息を吐きながら睨むと、鬼灯さんは自分の腕を枕にしながら横になり、もう片方の手で私の顔に触れた。

「風邪を引いているときくらい素直になったらどうです。私がつきっきりで看病して差し上げますよ」
「余計に疲れそうなので遠慮しておきます」
「行かないで、と引き止めたくせに」
「あ、あれは悪い夢です!」

鬼灯さんの手が私の輪郭をなぞっていき、触れるか触れないかのもどかしい感覚に翻弄される。
ああ、鬼灯さんの顔を直視するのは心臓に悪い。息もかかるような距離に心音が早くなり、どこか期待している自分がいる。
恥ずかしくなって、近づいてくる表情に目を瞑った。

そして気がつけば鬼灯さんを蹴飛ばしていた。
ガタガタと大きな音がして、ベッドのギリギリにいた鬼灯さんは私の蹴りで床に落ちる。
だって、どうしてこんな雰囲気に!私は風邪を引いているわけで、寝てなくちゃいけないわけで!
何も言わずに落ちて、何も言わずに起き上がるその姿がどこか禍々しく恐ろしい。これは……やってしまった!
無言で起き上がった鬼灯さんの表情はよく見えない。

「病人だからと手加減はしませんよ?」
「ご、ごめんなさ……」

どこから出したのか、愛用の金棒を構える鬼灯さんの目が生き生きとしている。
あんなもので殴られたら明日も寝てなくちゃならない……!気がつけばベッドから飛び降りて臨戦態勢。鬼灯さんの脇をくぐって部屋の外へ逃げ出せば鬼ごっこが始まった。

「待ちなさい!」
「絶対嫌です!!」

朝の不調なんてどこへやら。廊下を走り回る私たちを見て、熱湯に沈んでいた閻魔大王はにこやかに笑った。

「元気そうでよかった」

しみじみと頷く閻魔大王に助けを求めながら、またいつもの光景に戻るのだった。

2/2
[ prev | next ]
[main][top]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -