彼女への評価


経理課には毎日色んな書類が飛び交う。毎日の出入金管理は欠かせず、その他にも作成しなければならないもの、管理しなければならないものが山ほどある。
一つ間違えれば計算は合わなくなり、もし合わなければ帰ることは出来ない。そんな忙しい部署だが、優秀な獄卒によって問題は少なく回っていた。
そしてその獄卒は仕事以外にも精を出していた。

「鬼灯様、頼まれていたものです」
「ありがとうございます。急だったのに仕事が早くて助かります」
「いえ、鬼灯様のためですから。好きな人の頼みなら血反吐を吐いたって頑張ります!」
「…その心意気はいいですが、仕事に恋愛を持ち込まないでくださいよ」
「はい」

わかっているのかいないのか、名前はにこりと返事をすると自分の部署へ戻っていく。
名前はあの告白をしてから、流れるように好意を伝えていた。
恋愛ばかり見ていると仕事が疎かになる。そう伝えても、彼女の場合はどちらかと言えばさらに効率的になっているため、文句は言えない。
それに好意を伝えることが違反なわけでもない。鬼灯は面倒だと放っていた。

「鬼灯君、少しは好意に応えてあげたら?」
「好きでもない人と付き合えと?」
「いや、そうじゃないけどさ、あんなに頑張ってるのに……」
「ああいうのがストーカーになるんですよ。まあ私に付きまとっている間は他に被害がないので大丈夫ですが、仕事に恋愛を持ち込んでもろくなことないですから」

衆合地獄がいい例だ。フラれたからと獄卒を辞められては、人員不足のこちらとしては頭の痛くなる話。
名前を真似て好きと言い出す獄卒が出始めるのも面倒だ。鬼灯は受け取った書類に目を通しながら呟く。

「でもさ、本気で追い払ってないってことは嫌じゃないんでしょ?」
「名前さんは悪い人ではないですからね。獄卒として見るならとても優秀な方ですし」
「結構高評価じゃん。もしかしてまんざらでもかったりするの?」
「それとこれとは別です。大王、それ私が帰るまでに片付けておいてくださいよ。視察に行ってきます」

話を切り上げると閻魔に釘を刺して行ってしまう。閻魔は肩を竦めながら気のない返事をした。
せっかく好意を寄せてくれる人がいるのにもったいない。涼しい顔をして去っていく彼の後姿を苦笑しながら見送った。


***


閻魔庁で働く同僚として接してきた想い人に告白をした。そうすれば今までのように一緒に昼食を取ることも、雑談に混ざることも出来なくなるかもしれない。そう思った名前は鬼灯からの返事を聞いてとっさに「また伝える」と零した。
通じ合わないならせめて、自分の想いには正直でいようと。諦められないから、完全に突き放されるまで好きでいようと。
それが功を奏したかはわからないが、フラれた今でも前と変わらずに接することが出来ている。
逆に吹っ切れたとでもいうのか、好きと言うたびにその想いが強くなり、より一緒にいたいと思う。
鬼灯は名前をぞんざいに扱うが、本気で嫌なら実力行使に出るだろう。名前はそれまでアピールを続けるつもりだ。

「もっと早く言ってればよかったなあ……好きな人に好きって言えるのがすごく嬉しい」

たとえ相手が受け入れていなくても、それだけで満足するのだ。それを聞いて少しでも自分を見てくれるなら、もっといいことなのだが。
廊下を歩きながら頬を緩める名前に、前からやってきた獄卒が声をかけた。

「鬼灯様に告白したお姉さんだ!」
「おい茄子!フラれた人になんてこと言うんだ!そういうデリケートなことはな…!」

止めに入る唐瓜だが、その言葉も失礼である。
名前は駆け寄ってきた子鬼二人に笑顔で応えた。

「別にいいですよ。告白してフラれているお姉さんです」
「本当にすみません!」
「事実ですから」

ふふん、と何が得意気なのか胸を張っている名前に、唐瓜はさらに頭を下げた。
しかし茄子は気にしていないようで興味惹かれる名前に、ねぇねぇと尋ねるのだ。

「今日も好きって言ってたよね。フラれて傷つかない?」
「お前はもう少し言い方をだな……」
「全然。当たって砕けたら終わりでしょう?頑張らなくちゃ」
「強ぇ…唐瓜、お前も見習ったら?」

ぐ、とガッツポーズを見せる名前を見て、茄子は唐瓜の背中を叩いた。こいつ好きな人いるんですよ、とバラせば逆に叩かれる。
仲の良い二人に笑いながら名前は身を屈めた。内緒話をするように声を小さくすれば言う。

「押してダメなら押しまくれ、ってね」
「いや、そこは引くんじゃ……」

きちんとした考えがあってそうしているのか、ただ単に好きと連呼しているだけか。二人に名前の考えはわからない。
しかし名前がちょっとやそっとじゃ落ち込まないポジティブ思考であることは見て取れる。
仕事があるので、と歩いていく姿はどこか楽しそうだ。

「俺だったらフラれた相手に近づくこともできねぇよ……」
「唐瓜は繊細だからなぁ」
「鬼灯様はどう思ってるんだろうな」
「聞きに行こう!」
「あ、おい、待てって!仕事!!」

わあわあと駆け出す足音を聞きながら、名前はふと同じ疑問を抱いた。
鬼灯はどう思っているのだろうか。鬱陶しいとは言っているが、嫌いとも言われてはいない。今の自分はどの位置にいるのかと鬼灯の言動を思い出して考えてみる。

「私も聞きに行こう!!」

身を翻す名前は二人を追いかけるように来た道を戻った。


***


視察に行く前に書類を確認をする鬼灯の元に唐瓜と茄子がやってきた。
質問!と声を上げた茄子に鬼灯は首を傾げる。業務のことならわざわざ聞かなくとも出来る仕事を与えているはずだ。
やめようぜ、と宥めている唐瓜が気になりながらも耳を傾けた。

「鬼灯様は名前さんのことどう思ってるの?」
「名前さん?」

その問いであの件かとすぐに想像つく。最近色んな獄卒に聞かれる質問だ。
思った以上に鬼たちは噂話や恋バナに興味津々で、当事者にとっては迷惑な話だ。

「特に何も思ってませんよ」
「えー、あれだけ好きって言われても?」
「ええ。彼女をそういう対象として見たことはないので」
「でも…ちょっと気になったりしません?あんなに言われたら」

唐瓜も気になっているのか控えめに手を挙げる。何度も言われれば、多少なりとも気になるはずだ。しかし鬼灯は首を横に振る。

「ただの鬱陶しい奴としか」
「ですよねえ」

ドアをこそっと開けて話を聞いていた名前が顔を出した。
まさか本人に聞かれているとは思うまい。余計なことを聞き出してしまったかもしれないと、唐瓜と茄子は驚いたように口を噤んだ。
しかし名前は鬱陶しいと言われたことなど気にせず鬼灯の近くに駆け寄り、袖を引っ張りながら唇を尖らせた。

「もう少し評価上げてくださいよ」
「では……目障り」
「それ下がってますよ。でもいいです。低ければあとは上がるだけです」
「ポジティブすぎる……」

唐瓜のひょえーと言う声が小さく響く。鬼灯はため息を吐くようにして書類を抱えると歩き出した。

「鬼灯様視察ですか?お昼外で食べるなら一緒に行きましょう」
「行きません」
「おいしいお店知ってますよ」
「行きません」

しっし、と追い払われても名前はにこにこしたままだ。行ってらっしゃいと手を振った名前に茄子は感嘆の声を漏らした。

「名前さんすげー」
「正直に生きなくちゃもったいないでしょう?」

大好きな人の後姿を見つめながら、名前はほんのりと頬を染めた。

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