七日目


名前が目を瞑ったのを見ながら鬼灯は約束どおり傍にいた。
精一杯笑顔をつくり、泣いてしまうのを我慢しているのは見ればわかる。
やがて顔まで布団を被ると小さく泣き声が聞こえて、名前は声を必死に抑え嗚咽を隠す。鬼灯は気づかない振りをしながらベッドに寄りかかった。

たった一週間に凝縮された彼女との思い出。見ず知らずの二人がこの短期間で何を思い何を感じたのか、それは本人しか知る由はない。
さっきまで強がっていた名前も声を殺して泣いていて、もう少し傍にいてあげたいという思いが鬼灯の心に顔を出した。

眠るまで傍にいるという約束だったが、泣いている彼女を慰めるくらいいいだろうと鬼灯は名前の頭に手を伸ばすと無言で優しく撫でた。
名前も何も言わないまま、しかしその優しさに涙は止まらない。数日前に会ったばかりの鬼灯がいなくなることがこんなに寂しい。振り向けばわがままを言ってしまいそうで、名前は背を向けながら静かに泣いた。

そうしているうちに、鬼灯はふと何かの違和感を覚えた。頭を撫でる手に触れる硬い感覚。頭に何かができているような感覚がした。
そこでこの前、頭にできものができていたことを思い出す。触っても痛くないのか名前は何も反応しなかった。
若干尖っているそのできものが気になり目視する。鬼灯は眉根を寄せながら思考を巡らせた。

「まさか……いや、そんなこと……」

そう静かに呟いて、名前を抱き起こした。突然のことに名前は振り向き、抱きかかえられたまま鬼灯を見る。
涙で濡れた顔に鬼灯は罪悪感を覚えながら涙を拭ってやった。
もう見ないと決めていた名前は、どうしてと言うように鬼灯を見つめた。鬼灯もその目を見つめながら口を開いた。

「あなた、本当に生きてますか?」

その言葉に名前の涙はすっと止まった。彼は急に何を言い出すのか。どういうことかと聞き返すことしかできない名前は瞳を揺らす。
それはつまり、死んでいるのかと聞いていることと同義だ。

「な、何を言ってるんですか。どういうことですか?」
「その頭にできているものが角かもしれないと思って」
「角?」

鬼灯はまた頭を撫でるように手を置いた。示された場所を名前も触ってみる。いつかできものだと言っていたものが硬く尖っていた。
触っても痛くなかったそれはそのまま放置していたため、名前も今の今まで特に気にしたことはなかった。しかしそれが角となると名前の存在自体に関わる。
一度角かもしれないと認識してしまえば、そうかもしれないと名前も二つのとんがりを弄った。
鬼灯は顎に手をやりながら難しい顔をしている。名前はハッとしたように呟いた。

「鬼と交わると角が生えてくる…とか?」
「それはないですよ」
「そ、そうですか…」

ですよね…と名前は頭を掻くと考え込む鬼灯の言葉を待った。名前にはまだ状況が理解できていない。
鬼灯は思案しながら名前の角らしきものに触れる。自分の身に何が起こっているのか不安な名前はただ鬼灯を見つめた。

「もしこれが本当に角だとしたら、あなたは死んでいるということですよ」
「でも、私は鬼灯さんに助けられましたよ」
「その前に死んでいたということです」

思い浮かぶ仮説は、死んでしまった名前に鬼火が入り込んでしまったということ。
今の現世に鬼火が漂っていることは稀で、死体に入り込むことなどそうそうない。しかし青木ヶ原樹海は特別なところで、鬼火が漂っていても不思議ではない。
それよりも、本当に名前が鬼として生き返ったとすれば、人間の彼女は既に死亡していることになる。死ぬことができ、鬼火が入り込めるタイミングは樹海の中で鬼灯と会う前だ。

「何か心当たりはありませんか?私に会う前に既に自殺した可能性がありますよ」
「確かに死に場所を探して歩いてましたけど……何も覚えていません」

だんだんと光の入らない森の中を進んで行き、どちらが出口かもわからない中を彷徨った。気がつけば鬼灯に声をかけられて、自分は助けられたのだと思い込んでいる。
死んだ覚えのない名前は首を横に振った。

「鬼火が少量で体は再生しても角までは出てこなかったんですね。だから私も生きた人間だと認識した」
「死んでいたなんて……」
「まあ、まだ決まったわけではないですよ。あくまでも仮説です」

そう言いながら頭の上の角らしきものを見る。鬼にしては小さすぎるそれは、しかし鬼といえる特徴だ。
確認する方法はただひとつ、地獄に戻って彼女の記録を確認すること。生きていても死んでいても倶生神がそれを記録している。

不安そうに鬼灯と向かい合わせに座る名前は彼の手を握った。急に死んでいると言われて、鬼だと言われれば動揺するだろう。
仮説とは言うものの、それが事実なのだと薄々心の中で感じていた。そしてその不安を煽るように鬼灯は何かを思い出したようだ。

「確か名前さん、廃墟や墓地に行ったときに幽霊見えてましたよね。神社でも稲荷の遣いが見えていた。幽霊はまだしも、神の遣いが見えるなんて霊感がある人間でもそうそういないですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。ただし、鬼なら普通に見えます」
「それはつまり……」

何も言わない鬼灯に名前は肩を落とした。ますます名前の死亡説が濃厚になってきた。
死にたいと思っていたけれど本当に死んでいるなんて、鬼灯に助けられたと思っていたはずなのに現実は違うようだ。

しかしそれよりも名前の思考を埋め尽くすのは、鬼灯と離れられなくてもいいかもしれないということ。もし自分が鬼ならば一緒にいることができるかもしれない。
俯いたまま口元を緩める名前には気づかず、鬼灯はため息を吐いた。

「しかし名前さんが鬼だとしたら地獄に連れて行けますから……昼間のやり取りは無駄ということになりますね」
「昼間?」

地獄に連れて行けるという言葉に顔を上げた名前は首を傾げた。何かあっただろうかと、すっかり目の前の現実味のない話に忘れ去られている。
鬼灯は苦い顔をしながら「ほら」と呟く。

「今生の別れのようなやり取りをしたでしょう。馬鹿らしくなってきた」
「あれですか」

抱き合って泣いて、告白をしてまた会う約束をした。
思い出すだけで鬼灯としては黒歴史に刻まれるのだが、名前はそうでもないらしい。名前にとっては自分の気持ちが伝わった瞬間である、いい思い出だ。
思い出したのか名前は嬉しそうに笑った。

「私にとっては大事な思い出です」
「あなたはいいかもしれませんが……」

普段同僚たちに散々鬼だ、無慈悲だといわれている自分が、人間と守れるかもわからない口約束をしたなど、記憶から消し去りたいもの。
悩んだというのに、それまでの葛藤はどうなるのだ。名前も悩んだはずだが、彼女は結果重視なのか相変わらずふにゃふにゃと笑っている。そんな緩みきった頬を鬼灯は引っ張った。

「とにかく、あなたの生死を地獄で確認してきます。明日またここに来るので、もし死んでしまっていたら一緒に地獄へ行きましょう」
「はい!死んでいることを祈ってますね!」
「だから縁起でもないことを言うなと」
「痛いです、痛いです!」

さっきまで泣いていた奴がニコニコとして。イライラしながらその頬をさらに引っ張れば名前は涙目になった。
暗い部屋の中で二人の楽しそうな声が響く。騒ぐ名前に、鬼灯も少しだけそれを期待した。


***


いつもより早く目を覚ました名前は鬼灯が来るのを今か今かと待っていた。
頭の上のできものは見れば見るほど角のような気がしてきて、死んでいたとしても鬼灯と一緒にいられるならそれ以上嬉しいことはない。
やがてインターホンが鳴り、名前は飛び出すようにドアを開けた。

「鬼灯さん!」
「とりあえず上がらせてください。近所迷惑です」

ぴしゃりと正論を言われ名前は大人しくなった。鬼灯の様子からでは結果がどちらだったのかはわからない。ポーカーフェイスはこういうときにわかりづらくて困る。
それよりも鬼灯の身なりに目が行ってしまう名前は、彼の着物姿に見とれるように釘付けになった。

「これ、地獄で着てる服なんですか?」
「はい。基本あっちは着物ですね」
「へぇ…かっこいい……」

くるりと鬼灯の周りを回りながらつい本音が零れ落ちる。
普段と違う格好に新たな魅力を見出す。名前は満足気に頷くと鬼灯に見とれた。
しかしまだ肝心の自分のことは明らかになっていない。鬼灯は「結論から言うと」と一呼吸置き、名前は聞き耳を立てた。

「名前さんは死亡してました。そしてあなたは鬼です」
「やった」
「やった、じゃないです」

死んでるんですよ、と頭を小突かれ自粛する。名前はそれでも嬉しそうに笑っていた。
死亡しているというのに不謹慎だが、それを喜んでいるのは鬼灯も同じこと。地獄に戻って閻魔を叱りつけるのも忘れて事実確認し、詳細が明らかになったときは、部屋に誰もいなくてよかったと思うくらいに。
そんな鬼灯は名前の頭をぽんと撫でれば部屋を見回した。

「今日でここは最後ですよ」
「…そうですね。最後に鬼灯さんといい思い出ができた場所です」
「ちなみに、死因聞きたいですか?」
「はい、私はいつ死んでしまったんでしょう?」

それも気になっていたこと。鬼灯は懐から巻物を取り出すと文字を指でなぞり読み上げた。

「樹海にて転倒。頭部を強く打ち気絶。のちに死亡」
「えっとつまり、転んで頭の打ち所が悪かったってことですか?」
「そうなりますね」

なんというあっけない終わり方だと名前は地味な死因に苦笑した。それで死んだことにも気づかずに樹海を彷徨い、もう一度死のうとしたところで鬼灯に助けられた。
偶然か奇跡か。名前は「なーんだ」と巻物を見ながら笑った。

そのあっけらかんとした態度に、それでいいのかと突っ込みたくなる。
まだ状況が理解しきれていないだけかもしれないが、彼女の場合鬼である鬼灯を見て動揺しなかったのだから、自分の死にも楽観的なのかもしれない。

「自殺じゃなかったんですね」
「ええ。もしこのまま裁判をしていたら、普通に転生してたと思いますよ。いくら自殺願望があっても、死因は事故死なので」
「鬼だと転生できないんですか?」
「残念ながら」
「鬼でよかったです」

ずっと鬼灯さんと一緒にいられるんですから。
嬉しそうに角を触り微笑む。笑顔ばかりの名前に鬼灯も思わず口が緩みそうになる。
名前はぱんと手を叩くと鬼灯を座らせた。

「朝ごはん作りましたから食べましょう」
「焦げてないでしょうね」
「大丈夫です!」

現世での最後の食事だと、日本の定番朝ごはんを作ってもてなす。
現世の生活も名残惜しいが、これから地獄で、彼のいる場所で過ごせると思うとその方が勝る。
いただきます、と手を合わせれば、何度目かの食卓を囲んだ。

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