丁と丁


*注意
恋愛要素なし。流血表現あり。


生贄として捧げられた丁は自分を生贄にした村人を恨み鬼になった。
そして鬼灯という名前を貰い、黄泉をまとめた閻魔の第一補佐官となった。
地獄をまとめる立場になり彼は念願の村人探しに手を出した。
制裁を加えると宣言したあのときから忘れていない村人を権力を駆使しひとり残さず探し出す。
自分を生贄にした村人を地獄に突き落とし苦しませるために。

通常業務の傍ら私怨のために熱心な鬼灯に閻魔は何も言わなかった。
因果応報、自業自得。地獄ではやられたら倍にして返すことなど当たり前のこと。
それで少しでも心が晴れるなら、閻魔は何も口を出さずに見守るだけど考えている。
金棒を担いで出て行く鬼灯の後姿に、閻魔は恐ろしいと身を震わせた。



鬼灯は件の村人を探し出し、皆大焼処に引きずり落としていた。
ただ、一人が見つからない。村人の名前の書いた巻物に唯一塗りつぶされていない名前。名前という女性が見つからなかった。

「広い地獄がこういうときに恨めしく思いますね」

空を見上げて呟かれたその言葉は、地獄の生ぬるい風に乗って静かに消えていった。

黄泉が統制されてから亡者は罪の重さによって各地獄に落とされた。判断がつかない亡者は転生させ、その死後改めて裁判する。
名前に転生の記録はない。とすればまだ地獄のどこかにいることになる。
無駄に広大な地獄は人ひとり探し出すのに時間がかかるが、何百年かかってでも村人全員を探し出すという執念が鬼灯を突き動かしていた。
まだ探していない場所に検討をつけ、鬼灯は金棒を担ぎなおした。

そこで女性の声が鬼灯を引きとめた。

「丁……ですか?」

そんな、懐かしい名を呼びながら。

振り向いた鬼灯は女性を見ると確信した。例の村人なのだと。
村人全員の顔を覚えているわけではない。しかし今まで見つけた村人は全員根拠のない自信がそうだと確信させていた。
彼女もまた件の村人なのだと鬼灯の勘が言っていた。きっとそれが自分が鬼になった理由なのだと、鬼灯も自覚はしている。
名前は鬼灯の姿をもう一度確認してその場に膝をついた。

「丁、ごめんなさい。あの時私はあなたを……」
「謝らないでください。胸糞悪いだけですから」

地面に頭をつけて謝る名前を鬼灯は蔑むような目で見下ろす。
その冷ややかな声に名前の心は凍りつくように固まり、顔も上げずに静かに口を閉じた。
何を言っても何をしても、彼にしたことは償えない。彼が恨んでいるのは百も承知で、しかし謝らなければ名前の気も済まなかった。
けれど、それさえ許してくれないくらい鬼灯はそのことを恨んでいる。
顔を上げない名前に鬼灯は金棒を振り下ろした。

「あなたで最後です。これからたっぷり自分のしたことを考えるんですね」

地面に名前の血が広がり一瞬にして息絶えた。
鬼灯にとって自分を生贄にした村人は最高の呵責対象。できることならつきっきりで拷問を繰り返し、今までのことを全て発散したいくらいだ。
名前を生き返らせれば、力なく顔を上げる彼女の胸に金棒を押し付けた。

「命乞いでもしますか?あのとき私がしたように、死にたくないと声を上げますか?」
「……いえ、それで丁の気が済むなら何だって受け入れます」
「物分りがいいですね。つまらない」

胸に突きつけられた金棒が徐々に彼女の骨を砕き臓器を潰していく。
ゆっくりと、じっくりと体の機能が奪われていく感覚に名前は顔を歪めて声にならない声を発した。
涙が零れ血を吐く。自分を見下ろす冷徹な瞳に名前は目を閉じた。

「ごめ…なさい、ちょう……」

言葉の漏れる口を鬼灯は力の込めた金棒で塞いだ。


***


大焼処に放り込まれた村人たちは、皆生気を失ったように虚ろな目で炎に炙られていた。
最初は「助けてくれ」と言っていた村人も声を出すことができないくらい衰弱していた。
死んでは生き返るを繰り返させられるが、死ぬ瞬間の記憶が積み重なり精神的に負担がかかっているのだ。
結局唸り声を上げながら責め苦に身を投じることしかできない。

黙って身が焼けるのをこらえる名前は、村人たちを視線だけでぐるりと見回した。
確かにあのとき丁を生贄にした村人全員がここにいた。
彼の怨恨に満ちた黒い瞳を思い出して、名前はゆっくりと目を閉じた。
そんなとき村人の一人が呟いた。

「あいつ本当に俺たちに復讐しやがった……あんな鬼生贄になって当然なんだよ!化け物め!」

体が焼かれるのにも麻痺してきたのだろうか。枯れる声で喚く村人にもう一人も声を上げた。

「俺は何もしてないだろ…お前が決めたことにただ頷いただけで」
「俺が悪いっていうのかよ。あのとき全員が丁でいいって言ったんだろ」

誰も自分の子供を生贄などにしたくはなかった。もちろん自分がなることも。
丁を生贄として決めたのは誰でもなく、ただみなしごでよそ者だという便利な子供がいるではないかと皆心の中で思っていたから。誰かが言った「丁のやつがいる」という声に、みんなが頷いただけだった。

醜い言い合いを始める村人たちに名前は何も言わずに、けれど耳を塞ぎたかった。
自分たちが何をしたのか、地獄に突き落とされてまで理解していないなど彼らに反省の色はない。
一人静かに叱責を受け入れる名前に、村人は嫌な顔をした。

「お前も何か言えよ。腹の中では俺たちと同じこと思ってるんだろ?」
「私は何もないです。丁に酷いことをしたのですから」
「よく言うよ。お前は最後まで丁を生贄にしないと言ってたくせに」

名前は目を見開き村人を睨みつけた。そんな名前を村人は鼻で笑う。

「それなのにこんなことされて腹が立たないわけないだろ。お前だけは村の中で唯一丁の味方だったからな」

笑い声を上げる村人に他の村人たちもクスクスと笑いをこらえる。
身は炎に覆われているというのに、彼らは不気味な顔で笑っているのだ。名前は意識が遠くなりそろそろ息絶えるなと感じながら下唇を噛み締めた。

丁の知らない村人たちの裏事情。名前は、まだ小さく一人ぼっちの丁を生贄にすることに反対していた。
みなしごだからという理由で、よそ者だという理由だけで決めるのはあまりにも酷だと。
子供のいない名前は村人たちから白い目で見られ、「お前が生贄になるか?」という言葉に名前は頷けなかった。
迷わず丁を生贄にする村人に反感を覚えるが、自分が生贄になることも嫌だった。結局は自分がかわいい。
それでもせめて公平に生贄を決めようと村人たちを説得した。そのうちに名前は村の小屋に閉じ込められることになる。

「丁が死ぬまでそこにいろ。村の輪を乱す者は頭でも冷やしておけ」

暗い小屋に閉じ込められ、何もできずに丁が生贄になってしまうのを待つしかなかった。
泣いても叫んでも扉は開かず、どうにか出ようと叩いていた拳はいつの間にか血だらけで、数日後開けられたときには丁はもういなくなっていた。

丁は名前のことも自分を生贄にした村人だと思っている。
他の村人は丁のことを「恩知らずだ」と言うが、何もできなかった名前は丁が自分を恨む気持ちは分かっていた。
あの冷ややかな瞳に込められている憎悪と悲哀に、弁明する気もなかった。
あのとき助けられていたら鬼になってしまうこともなかったのではないかと、後悔しても変えられやしない。

薄れていく意識の中、村人たちの悲痛な叫び声が響く。また獄卒がなぶりに来たのだと、次目を覚ましたときの地獄を想像しながら名前は目を閉じた。
やがて目を覚ました名前の視界に映る黒い影。体にはまだ炎がまとわりついていて、また一から体を焼いていく。
見覚えのある着物に顔を上げれば、昨日名前を見つけ問答無用で殴りつけた鬼灯の姿があった。
変わらずその表情は憎悪に満ちていて、名前は大人しく頭を垂れた。
鬼灯はそんな彼女の顎を乱暴に掴み顔を上げさせる。首の骨が軋んだ気がしたが、亡者相手に手加減するつもりはない。しかし聞きたいことはある。

「今の話はどういうことですか」

地を這うような低い声が名前の脳内に響く。
ちらりと村人を見てみれば、皆血みどろになって生き返ることもなく地面に伸びていた。酷い者は一部が骨になっている。
自分から目を逸らした名前に、鬼灯は無慈悲にも目潰しを食らわせた。

「質問に答えなさい」
「は、はい……」

自分の状態がどうなっているなど想像したくはない。名前は痛みに声を震わせながら見えない目で鬼灯を見上げた。
しかし質問に答えろと言ってもこの状態では声を出すこともままならない。
生き返ったばかりの麻痺しない痛みに堪えながら話せというのは酷なものだ。
せめて肌が焼け爛れ感覚が麻痺してから、と目で訴えてみるが、目潰しされて閉じた目からは何も伝わらない。

イライラしだす鬼灯は仕方なく名前を炎の中から出した。
ついでに体を元通りにしてやれば、名前は久しぶりの苦からの開放に一息吐いた。

「ありがとうございます」
「礼などいりません。説明してください」

村人の戯言を聞くのは癪に障るが、もしそれが本当ならば罪のない村人まで地獄に落としたことになる。
それよりも「丁の味方」という信じられない言葉に話を聞きだしたいのかもしれない。
味方だったのなら、なぜ助けてくれなかったのかと。
地面に正座する名前と向き合うように手ごろな岩場に腰を下ろせば、鬼灯は話を促すように顎をしゃくった。

「今となってはただの言い訳にしか…」
「いいから話なさい。判断はこちらでします」

あんなに小さかった丁が随分大人になったものだ。そう懐かしさを感じる名前は静かに口を開いた。

「私は一度丁の前で、丁(ひのと)と名乗ったことがあります」

聞き覚えのあるその名前に鬼灯は少しだけ目を見開いた。

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