07 作製


衆合の女獄卒三人が鍛冶屋を訪れて個人的な恨みで店主を罵倒したあと、その店主から熱烈な歓迎を受けた話は、すぐに第一補佐官の耳にも入った。
一体どういうことなのだろうとしばらく思考を巡らせたあと、結局わからずに本人に問いただす。
それは楽しそうに修羅場を話す名前に、鬼灯は呆れた表情で言い放った。

「あなたアホですね」

と。


07 作製


試作品の金棒が数本出来上がり、例の彼女たちを連れて等活地獄のある部署に来ていた。
もちろんそこには鬼灯もいるわけで、衆合の女獄卒三人は複雑な気持ちだ。

店主である名前は彼女たちを非難することはなく、どちらかというと両手を広げて歓迎している。あの修羅場があってその態度でいられる名前に彼女たちはしばらく戸惑っていた。
そしてその修羅場に腹を立てているのは鬼灯というおかしな光景が出来上がっている。

すべての話が耳に入っている鬼灯に彼女たちは気まずそうにし、アホ認定されてしまった名前は、一人楽しそうに試作品を眺めていた。

「ではお願いしてもいいですか。まずは手に取った感想を聞きたいです」

メモを用意しながら期待の眼差しを送る名前に、三人は金棒を手にした。
どれも違う調整をしているため感想は様々だ。次に振ってみたり、担いでみたりと名前は細かく指示していく。

「じゃあ、お待ちかね拷問タイムです。亡者を好きなだけなぶってください!」

言われたとおり女性たちは亡者を思い思いになぶり始める。そうすれば鬼灯からすかさず「ぬるい」という言葉がかけられ、やって見せる鬼灯の見よう見まねで彼女たちは金棒を振った。
一通り感想を聞けば「持ち替えてみてください」と金棒を交換させ、違いについてなんかも聞き出す。

実際名前や鬼灯も使い心地を確かめ、試作品のテストは終了した。

「なんか…金棒ってもっと使いづらくて疲れると思ったけど、意外と扱いやすいわね」
「意外と軽かったし、振り下ろすだけなら簡単でした」
「亡者をなぶるの、意外と病みつきになるかも…」

彼女たちは最後にそう感想を残して仕事場へと戻っていった。
鬼灯は「興味深い感想ですね」と頷き、名前も満足げに道具を片付ける。

それらを抱えて店に戻ったのは、かなり時間が経ってからだった。
時計を見た名前は驚き、長い間拘束してしまった三人に申し訳なく思う。
その神経に「やはりアホ」と呟く鬼灯に、名前は首を傾げた。

「よし、この意見を参考に金棒作りますね」
「いいのはできそうですか?」
「はい!とりあえず二種類ほど作りたいと思います」

すかさず設計図を用意する名前は机に向かって鉛筆を走らせる。
頭の中にある構想を今すぐに実現したいという思いがひしひしと伝わってくる。
修羅場のせいで商品の少なくなった店内はいつもより広くてその分静かな気がした。倉庫から並べるものはあるのだろうが、それを忘れるくらい熱心に金棒作りに励んでいるのだ。

鉛筆の心地良い音を聞きながら鬼灯は店内にある椅子に腰掛けた。
自分のせいで修羅場が起きたというのにあっけらかんとする名前の考えはよくわからない。
しかし、武器を作るために当事者をも仲間に取り入れ、最高のものを作ろうとしている。その姿にはさすがの鬼灯も感服するしかない。
一生懸命な姿に鬼灯は小さく微笑んだ。


***


「できた!!この設計で…あとは材料と……」

二つの紙を掲げて声を張った名前は、ぶつぶつといいながら机の周りを漁る。
伸びをして時計を確認し、「もうこんな時間だ」と店内を見たときに、視界に入る人物にドキリとする。

「あの…まだいたんですか……」
「ええ。あなたがいきなりそれを書き始めたので帰るタイミングを見失ってしまいました」
「すみません」

照れたように笑う名前は頭を掻くと落ち着くように椅子に腰掛ける。
ふう、と息を吐くのは集中していた頭を解放するのと、驚いた心を落ち着かせるため。
ずっと見られていたのかなと思うと少しだけ心臓に悪い。

静まり返る店内に、夕暮れを表すような橙の光が窓から差込み商品を照らし出す。反射して艶やかに光る様子を眺めながら、名前は少しだけ緊張した。
こんな静かな中で鬼灯と二人っきりになることは今までなかった。
食事のときも閻魔殿に行ったときも、周りも賑やかだがいつも煩いのは自分だと照れ笑う。その声が店内に小さく響いた。

「何か話してくださいよ。どうして黙ったままなんですか?」
「特に話すこともないでしょう?それともそれについて聞いてほしいですか」

それ、と指された設計図。いつもの名前なら大はしゃぎで説明し出してもおかしくない。
名前は唇を尖らせつつ「完成してからにします」と言った。

再び流れる沈黙。名前は話題を探すが最近は武器作りに没頭していたせいで何も思い浮かばない。
唯一浮かんだ話題はあの修羅場のことで、なんでもいいやと口を開いた。

「彼女たちが来たときはびっくりしたんですよ。その前に手紙も届いてて、嫉妬って怖いですよね」
「…ああ、あれですか。そういえば、どうして彼女たちを使ってテストしたんですか?もしかして名前さんって精神的に追い詰めるような、そういうアレですか」
「いや、よくわからないですけど鬼灯様が思ってるのはきっと違います」

話が続いた!と内心ほっとしながら彼女たちを思い浮かべる。
悪い人たちではないのだ。ただちょっと言葉が悪かっただけで、鬼灯のことが好きだから気になってしまっただけ。だから彼女たちは悪くない。
名前はそういう風に話すと思い出したように笑う。

「楽しかったです。彼女たちが武器に興味持ってくれたら嬉しいなぁ」

にへらと頬を緩め破顔させる。それは本当に武器が好きだからこそ言える言葉。
自分の仕事に誇りを持ち、酷いことをした彼女たちでさえも簡単に許してしまう。

「思えば、嫉妬してくれなかったらこの金棒は出来上がらなかったんですよね。まだ設計段階ですけど。そう思うと、鬼灯様のそのご面相も役に立ちますね」
「役に立つためにこういう顔はしてないんですけど」
「そうですよね。役立つためならもっと優しい顔ですよね」
「……そうですね」

ギロリと睨む視線に思わず背筋が伸びる。ごめんなさいと謝れば、鬼灯は席を立って名前に近づいていく。
怒らせてしまった!?と鬼灯を牽制するように両手を振ってみるも、その手は鬼灯に掴まれてしまった。
包み込むように落ちる黒い影は、名前に恐怖ではなく特別な感情を抱かせる。
座ったまま鬼灯を見上げる名前の視線は自然と釘付けになった。

「あ、あの…大事な手なので折るとかやめてください…」
「…そうですね、せっかく設計図まで出来たんですし。それに忘れてませんか?私の小刀」

パッと手を離し適切な距離に戻っていく。名前は胸を撫で下ろしながらドキドキとするそこへと手を置いた。
鬼灯は名前の言葉に助かったと思っただろう。つい理性がきかなかったなど言えるはずもない。
とっさに名前の言葉に乗り、話題を逸らすようにいつか頼んだ小刀の話を出す。名前は「そうだ」と思い出したように手を叩いた。

「何度も何度も打ち直して、この間ようやく納得いくものが出来たんです。ちゃんと渡そうと思ってましたよ」

机の引き出しから丁寧に取り出されたそれを鬼灯は受け取る。
漆黒の鞘と、柄にはそれに映える金色のホオズキの模様。鞘から抜けば刀身には綺麗な刃文が焼き込まれていた。
思わず見とれてしまうようなその美しさに、名前は満足げな表情をしている。

「大切に使ってくださいね。今のところ、私の最高傑作です」
「おや、ではそれなりの値が付くのでしょうね」
「いえ、それは鬼灯様に差し上げます。ぜひそれで幸運を切り開いてください」

鬼灯は受け取った小刀を握り締めるとそのぬくもりを感じた。
名前の作る道具には様々な願いや思いが込められている。どんな思いでこれを作ったのかと考えてみても、知っているのは名前だけ。
懐に仕舞うと代わりに時計を取り出す。仕事が溜まってるなと思うと億劫だ。

「名前さん、ありがとうございます。毎日肌身離さず持っておくことにします」
「ピンチなときに役立てばいいですね。切れ味は保証しますよ。と言っても、鬼灯様なら素手でも何とかなりそうですけど」

冗談を零しながら、店を出る鬼灯を見送るために立ち上がる。
さっきまでうるさかった心音はいつの間にか落ち着いていて、名前は温かな気持ちに胸に手を当てた。
その様子に首を傾げる鬼灯に「何でもないです」と微笑めば、鬼灯も再び礼を言って去っていく。
紫色に影を落とす空の中に、ホオズキが浮かんで見える。それが見えなくなるまで名前は店の前で見送っていた。


その後、衆合地獄で試用された金棒は瞬く間に広まり、名前はまた忙しくなる毎日に嬉しい悲鳴を上げるのだった。

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