上司と部下の曖昧な関係


「………」
「何してるんですか、名前」

持ち上がらない。こんなに頑張ってるのにびくともしない。
踏ん張ってるのかな。それとも私の力が弱いのかな。まぁ、身長差もあるし。
これじゃあ私後ろから鬼灯さんに抱きついてるだけになってるんだけど。

そしてここさ、いつの間にか法廷なんだけど…。
閻魔大王いるし、獄卒いるし、裁判にかける亡者までいる。
私今、物凄く恥ずかしいことしてる?

法廷内がざわついている。そりゃあ、あの鬼灯様に抱きつくなんて大胆なことすれば嫌でも注目を集める。
私は恥ずかしくて動けない。金縛りに遭ったように体が固まって、真っ赤になっているであろう顔を鬼灯さんの背中に押し付けた。

どうしようどうしよう。皆が見てる。恥ずかしい。
ぎゅっと鬼灯さんの着物を握れば、鬼灯さんは私の頭に手を置いた。

「名前、バックドロップの練習なら、そこの亡者になさい」
「え……」

てっきりこれに乗じてさらに追い討ちをかけてくると思いきや、裁判前の亡者を指差して私の背中を押した。
周りの獄卒たちも、「バックドロップの練習」という言葉になんだか空気が変わっていた。
さすが鬼灯さん。そういうところだけは尊敬してあげなくもない。
でもこの原因、そもそもあんたのせいだからね。

適当に目に付いた亡者に駆け寄れば、同じように抱きかかえて地面に叩きつける。
亡者は死にそうな声で叫び声を上げていた。

「はぁ……」

なんだか少しすっきりした。獄卒たちも見よう見真似で亡者に技をかけていて、とても和やかな雰囲気になっている。
私の顔も熱さが引けていって、冷静さを取り戻す。
鬼灯さんは手を叩きながら「素晴らしい」と呟いた。

「しかし驚きましたよ。みんなの前で抱きつくなんて」
「そういうこと言わないで下さい。誰のせいですか!」
「はて…」

とぼけるなよ全く。相変わらずの鬼だ。首は痛いし恥ずかしいし最悪だ。
これが鬼灯さんの罠だったら私は許さない。
でもまぁ、助け舟を出してくれたし…そこだけは感謝してやろう。

「ところで名前、私は別に構いませんよ?」
「何がです?」
「抱きつくことですよ。私も朝抱きついたでしょう」
「何であんたに抱きつかなきゃいけないんですか」

意味がわからない。そもそも抱きつく理由がないし。バックドロップするときにしか抱きつかないよ。
しかもあれ、抱きつこうとしたんじゃなくて投げようとしたんだし。

「遠慮することはありません。私と名前の仲ですから」
「どんな仲ですか!」
「おや、また忘れたんですか?困った人ですね」
「近づくな!仕事しろ仕事!」

だからいちいちそれを蒸し返すなよ!
なにこの上司、あれはもう綺麗さっぱり水に流れたんじゃないの?あれってそういうことになってるの?

鬼灯さんはからかって言ってるのか本気で言ってるのかわからないから困る。
こういうときポーカーフェイスは扱いづらい。仮面の裏に何を隠してるんですかね。
そして、たまにこうしてそれっぽいことしてくるからもう……!私はどうしていいかわからないったら。

「どうしたんですか?顔が赤いですよ」
「あんたがそうやって顔近づけてるからだよ!頬を触るな!」

あ、ちょっと。本当に近い。
ここをどこだと思ってるの。法廷だよ法廷!閻魔大王も獄卒も亡者もいるんですけど!何で私こんな辱め受けてるわけ?
せっかくさっき恥ずかしいの回避したのに、これじゃあまた注目してって言ってるようなものだ。

法廷は誰かのバックドロップからプロレス技大会になってて騒がしいからいいものの…。
閻魔大王がすっごい気まずそうにしてるんだけど。いや、私も気まずいから。何でこんなことしてるの?
頭突きしてやりたいけど、この上司おでこに角生えてるから怖くてできない。
近づく顔は頬を包まれていて逸らせない。

「鬼灯さん…」
「こうしてからかうのもいいですね。名前はこうすると赤面して黙りますから」

鼻ぶつかってるから。近いから。しかもやっぱりからかってたんですね。
心音がいつもより早いのに気がついて余計腹が立つ。その角折ってやろうか。

そんなとき隣であからさまな咳払いが聞こえる。閻魔大王が見かねて下手くそな咳払いをしたのだ。
鬼灯さんはそのまま離れると、騒がしい法廷に手を叩いて静めていた。
まだ判決が出ていない亡者たちが既に死に掛かっている。

私は真っ赤な顔を上げられなくて、しばらく俯いたまま、あの背中をどう蹴り飛ばそうか考えていた。

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