素直な気持ち


あれから鬼灯さんは結婚のことを言い出さない。そんな雰囲気も全然出してこない。
いつもならネタにしてきて堂々と獄卒たちの前で言ってくるのに、鬼灯さんは誰にも言いふらしてないらしい。
もしかして本当に冗談だったのかな…と考え始めれば鬼灯さんの策に嵌っているようで気に入らない。また鬼灯さんのペースだ。
お香さんに言われた一言で心は余計にモヤモヤして、すっかり弱りきってしまった私はなんだかぬくもりを求めている。

「また少しだけ寄りかかりたいな…」

この間のデートは確実にじっくりと私の心を侵食している。その証拠に、最近鬼灯さんの嫌がらせに対抗できないでいる。
なんというかこう…抱きしめられると収まってしまうというか…。隣の部屋に足が伸びかけてしまうというか…。
これは本格的に鬼灯さんの毒が回っている…!?

「解毒しなきゃ。こんなのは私じゃない!」
「何を騒いでいるんですか」

そして目の前に登場である。ちょっと帰りが早くないですかね。もっと色んなところ見て回ってきてもいいんですよ!
色んな部署から預かってきた書類を机に置きながら、鬼灯さんは私の机にも何かの箱を置いた。なんだろうこれ。

「ドーナツです」
「ドーナツ?」
「大王が騒いでうるさいので買ってきました。ついでにあなたの分も」

確か閻魔大王が買ってきた限定品を鬼灯さんが食べたんだっけ。
それよりも私の分を買ってきてくれるとはどういう風の吹き回しだ。何かを企んでるんじゃないか、この上司。

「……いりません」
「随分悩んで答えましたね。何もないですからどうぞ」

お茶淹れてきます、と出て行く背中を見つめながらこっそりと箱を開ける。
おいしそう…ちょうど甘いものが食べたいと思ってたんだ。
どれにしようかな、なんて考えていれば鬼灯さんが戻ってきて、選んでるのバッチリ見られた。これはまたからかわれる。
気にしていない体を装いながらペンを握っても、そのつっこみさえなかった。
入れたてのお茶のいい香りがする。何を選んだのかバレたようで、取り分けられて目の前にお茶と一緒に並べられた。

「どうしたんですか。鬼灯さん熱でもあるんじゃないですか?」
「ありませんよ。おいしいですねこれ。あの行列も頷ける」
「本当ですか?私もいただきまーす…」

って、なんで仲良くドーナツなんか食べてるんだろう。どういう状況なんだろうこれ。
でもおいしいな。糖分補給で仕事が捗りそう。じゃなくて!
ちらりと隣を見てみれば、鬼灯さんはドーナツを頬張りながら書類を眺めてる。少しずつ食べればいいのに、そんなに口いっぱい入れてリスみたい…。
凝視してたら目が合ってしまった。だって、優しいと不吉な予感。そして気味が悪い。鬼灯さん、本格的に頭がいかれてしまったのではなかろうか。

「あの…頭打ちました?」
「打ってませんよ。もうひとつは半分しますか?」
「鬼灯さん、いつもの冷酷非道でドS般若闇鬼神様の要素が欠片もありませんよ?」
「…おいしいですか?」

ごめんなさいごめんなさい!だからドーナツ口にねじ込まないで!
せっかくのおいしいドーナツが凶器になってるんだけど。喉に詰まって死んでしまう。
口を塞がれたまま詰まらせないようにもぐもぐしていれば、鬼灯さんは深くため息を吐いた。

「好きな人に優しくするのはいけませんか?」
「ちょっ…何を言ってるんですか。殺す気ですか!」

お茶が気管に入ってさらに苦しい。ゲホゲホと咳き込んでいれば、鬼灯さんは「愉快ですね」と呟いた。
どういうことだよ。なんなんだこの状況は!
手も貸してくれないのにどこが優しいか。とりあえず落ち着けば、鬼灯さんは腕を組みながら私を見つめ…睨んでいる。

「私が手を出さなければ名前は合わせてくれるようなので、優しくしてみました。前みたいに素直になるかと思えば…慌てていてこれも愉快」
「やっぱりからからってるだけじゃないですか!鬼灯さんが優しいと不気味なんですよ。怖いんだよ!」
「ではまたデートしますか」
「絶対嫌です!!」

そういうことか。そしてやっぱりからかってるだけだ。
それにあの時はデートだからしょうがなく黙ってただけで、別に鬼灯さんが優しければ私が素直になるわけじゃない。そもそも私はいつでも素直だし!
また私があれやこれやと悩んで慌てているのが楽しいんだ。くそう…嫌な奴…。
鬼灯さんはお茶を啜りながら椅子を近づけてきた。どうしてこっちに来るんですかね。

「仕事中でも休憩のときくらいいいですよ?」
「何がですか」
「寄りかかりたいんでしょう?ああ、それとも私の膝の上に座りますか?」
「なっ…いいです、どっか行ってください!」

どうしてそういうこと知ってるのかな。いや、つい口にしてしまったのが悪かったのかもしれない。
でもぽつりと呟いたものまで聞いてるなんて誰も思わないよ。この地獄耳!
椅子ごと蹴飛ばしてみてもびくともしなくて、鬼灯さんはひょいと私の体を抱きかかえた。
何してるんだよこの上司は。横抱きのように膝の上に座らせられて、逃げようにもバランスが悪くて床に落ちそう。
離せ離せと揉み合っているうちに執務室のドアが開いた。だからタイミングが悪い…!

「鬼灯君、ドーナツおいしかったよ。ありがとう……」

お礼を言いに来た閻魔大王が顔を覗かせた。そうすれば私たちの光景が目に入るわけで、言い訳しようにもこの状況じゃ何も言い繕えない。

「ラブラブなところごめん…」
「死ね!!」

鬼灯さんを殴ろうとしたら、予想通りに床に落とされました。

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